第11話

定期テスト前の片山中学校――。

廊下はどこかピリピリしていて、教室には異様な静けさがあった。


プリントをめくる音。鉛筆が紙を叩く音。

そして誰もが、“誰かより上”を目指していた。


真壁 紗英(まかべ・さえ)、2年生。

成績は学年1位。先生からも信頼が厚く、誰もが一目置く優等生。


でも彼女のノートには、赤ペンで小さな文字がびっしりと書かれていた。


「間違えたら意味がない」

「100点以外は恥」

「1位じゃなきゃ存在価値がない」


誰にも見せない、彼女だけの“呪いのメモ”。


教室では、親友の**山岸さつき(ISFP・のんびり型)**が話しかける。


「ねぇ、テスト近いしさ、今度また一緒に勉強しない?」


紗英は微笑む。


「ごめん、今回はひとりで集中したいの」


いつものように断った。

いつものように、心の奥で言い訳した。


(だって、さつきと一緒だと、効率悪くなるから)


でも本当は、自分が“上”でなくなるのが怖いだけだった。


テスト当日。

問題用紙を開いた瞬間、紗英の心が乱れた。


(……あれ……?)


手が震える。文字が頭に入ってこない。

そして彼女は、自分の中で聞こえる声に押しつぶされる。


「ミスをしたら終わり」

「1位から落ちたら、全部が崩れる」


そのとき、教室の外で“草履の音”が響いた。


「その呪縛、拙者が断ち切って進ぜよう」


――宮本武蔵。

着流し姿の剣豪が、教室の前に立っていた。


「こ、こいつ誰や!?」


「さっさと警備員呼べや!」


騒ぎ出す生徒たちをよそに、武蔵は静かに紗英の机に近づく。


「真壁紗英。お主、何と戦っている?」


紗英は、硬直していた。


「……私は……負けたくないだけ……」


「誰に?」


「みんなに。期待に。過去の自分に」


「それは“勝ち”ではない。“囚われ”じゃ」


静かに、武蔵は木刀を机に置く。

だが、その音は雷のように響いた。


「己の価値は、数字にあらず。100点とは、ただの“結果”にすぎぬ。

されど“答えを探す姿勢”こそ、本物の強さ」


紗英の瞳に、涙が滲んだ。


その日、彼女は初めて、“全ての問題に正解しなくてもいい”という許しを得た。


後日。


さつきと一緒にコンビニでアイスを食べながら、紗英は言った。


「次のテスト、一緒に勉強しよ。……わたし、答え合わせばっかして、考えるの忘れてたみたい」


「おおっ、ついに心を開いたか〜! INFJっぽいこと言ってる〜!」


「……それMBTIで言う?」


ふたりの笑い声が、夕暮れに響く。


その夜、校舎の屋上で。


「“努力”が“強制”になったとき、人は壊れる。

だが、“問い”を大切にする者は、何度でも立ち上がれる」


宮本武蔵は、静かに鞘を収めた。


「さあ、次の闇へ――」

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