第13話

片山中学校・中庭のすみにあるベンチ。


放課後の空気が少し冷たくなってきた11月。

そこに、小さな背中がポツンと座っていた。


1年生の江藤 蓮(えとう・れん)。

身長は138cm。学年で一番低い。


成績は悪くない。運動も得意。

けれど、男子同士でふざけているとき、いつも誰かが言う。


「おい、チビ江藤、見えへんぞ〜」


「ランドセル背負ってきたんか〜?」


「ちょ、かわい〜って言ってもええ?マスコットやん」


言葉は軽くても、胸にずしりと刺さる。


(こっちは、毎日成長期を祈ってるのに……)


彼は最近、背が低いことを笑われないために、冗談っぽく先回りして自分をからかうようになっていた。


でも、そんな笑顔が一番苦しかった。


体育のあと。


クラスの女子が、何気なく言った。


「私、背が低い男は無理かも~。安心できへん」


蓮の心は、パキンと音を立てて折れた。


その日の夕方。

誰もいない中庭で、蓮は独り言をこぼしていた。


「……デカくなりたい。せめて、笑われないぐらいには……」


すると、どこからともなく、草履の音が鳴った。


「――小さき者よ、なぜ己を責める?」


顔を上げると、着流しに木刀を携えた男が立っていた。

そう、宮本武蔵だった。


「……チビって言うなよ」


「拙者は“チビ”とは言っておらぬ。“小さき者”は、未熟ゆえではない。“未完成の刃”のようなものだ」


「……強くなれるの?」


「背の高さは、風に生える草のようなもの。

時と共に伸びる者もおれば、根を深く張る者もいる。

だが、見る者が見れば、“真に恐ろしいのは地を這う者”と知る」


「意味、わかんねぇよ……」


「ならば、試してみるか?」


そう言って武蔵は、木刀を一本、蓮に差し出した。


「お主が“見上げられる存在”であること、証明してみよ」


後日、体育の柔道で。

蓮は身長20cm差の相手を、足払いで見事に倒した。


技のタイミングを、誰よりも速く読む。

目線の低さを活かし、相手の動きの“クセ”を見抜く。


「すげぇ!」「蓮、ヤバっ!」


周りが驚く中、蓮はちょっとだけ、胸を張った。


(俺が小さいからこそ、できる戦い方もあるんや)


その夜、校舎の屋上。

月の光を浴びて、宮本武蔵はひとり呟く。


「高きを望むのは人の性。されど、低きに在る者は、誰よりも遠くを見渡せる。

背の高さではない――見る目、立ち方、そして“誇り”こそが人を大きくするのだ」


風が、彼の裾を静かに揺らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る