第7話
片山中学校、図書室の隅。
1年生の**遠山 航太(とおやま・こうた)**は、机に突っ伏していた。
授業中、ぼんやりと見つめてしまったのは、クラスメイトの塚原 まどかだった。
ふくよかな体型で、いつも静かにノートをとるまどか。
特別話したこともない。けれど、なぜか目が離せなかった。
その日、ふいに「性的な妄想」をしてしまった自分に、航太はショックを受けていた。
――そんな目で見たら、ダメだろ。
だが、昼休み。後ろの席の男子が、何かを見つけた。
「なあ、これ、誰の落書き?」
ふざけた顔のラクガキ。名前は書いていない。だが、その目線の先には、まどかの姿があった。
誰かが言った。
「おい、これ……遠山ちゃうん? さっきチラチラ見てたし!」
「あいつ、デブ専なん!? うわぁ〜〜マジかよ!」
笑いが起きた。まどかがゆっくりと振り返る。
航太は、何も言えなかった。
放課後。校庭の隅で、航太は顔を覆っていた。
「……なんで……俺、何もしてへんのに……」
否、少しだけ“見ていた”のは事実だ。
けれど、それが「からかい」になるなんて、思ってもいなかった。
誰かに見透かされたような気がして、悔しかった。
何よりも、まどかに、申し訳なかった。
「……斬るべきは、お主の心か。あるいは、声なきまどか殿の痛みか」
聞き覚えのない低い声。
顔を上げると、草履履きの着流し男――宮本武蔵がいた。
「……また、変な人や。なに……言ってるん」
「拙者、心の闇を斬る者なり。お主の中に、羞恥と欲、そして罪悪感が渦巻いておる」
「……俺、ただ……見てただけや。でも、なんか、みんなが笑って、まどかにも、変なふうに思われた気がして……」
「人は、見ることも罪にする。されど、見ること自体が罪ではない。
見る者が、自分に向き合わぬことが、闇を育てるのじゃ」
航太は、目を見開いた。
「じゃあ、俺……どうしたらええんや」
「まどか殿に、向き合え。謝罪でなく、“自分の気持ち”を正しく言葉にしてな」
翌日、下校時。
航太は、勇気を出してまどかに声をかけた。
「……あの、昨日のこと……ごめん。
俺、みんなみたいに笑ったりはしてへん。
でも……見てたのは本当で。……その、綺麗やと思って、見てしまった。
それが変やったら、ごめん。でも、それだけは本気で思ってたから……」
しばらくの沈黙のあと、まどかが言った。
「……見られるの、慣れてないけど。
バカにされたんかと思った。でも……そう言ってくれて、ちょっとホッとした」
その笑顔は、ごく普通だった。
そしてなにより、まっすぐだった。
屋上の手すりにもたれて、武蔵はひとり呟いた。
「人が、人を“見る”という行為。そこには欲もあれば、尊敬もある。
その違いを知り、向き合う覚悟を持つ者こそ――真の強さを得る」
風が静かに、彼の着物の裾を揺らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます