第6話
片山中学校、放課後の体育館裏。
一人の男子生徒が、うずくまっていた。
制服は少し汚れ、靴は片方だけ。
顔を上げれば、唇が少し切れている。
藤井 直樹(ふじい・なおき)、2年生。
バスケットボール部所属。
真面目な性格で、特にうまくはなかったが、必死に練習に食らいつく姿が先輩に気に入られていた――はずだった。
けれど、ある日。たった一日、部活を休んだ。
理由は、母親の体調が悪く、弟の世話をしなければならなかったから。連絡も遅れた。
その翌日から、空気は変わった。
「お前、もう部活やめたら?」
「仮病ちゃうん?」
「“藤井サボリ”って、あだ名どう?」
先輩の目は冷たく、同級生の笑いは乾いていた。
「やっぱ……俺、いらんかったんやな」
藤井は、夕焼けに染まる校庭を見つめながら、ぼそりと呟いた。
そのとき、後ろから草履の音が聞こえた。
「“いらぬ者”など、この世におらぬ」
声の主は、着流しに木刀の男――宮本武蔵。
「……あんた、また変な格好して。誰?」
「拙者、宮本武蔵。お主の“心の叫び”が、聞こえたのだ」
「……笑いたきゃ、笑えばいいよ。どうせ、部活サボったとか思われてるし」
武蔵は静かに言った。
「なぜ、心を語らぬ。お主は、戦場を一度離れたからと、戦士ではなくなるのか?」
「戦士?」
「休むことは、負けではない。逃げることでもない。真に恥ずべきは、“知らずに斬りつける者”の方じゃ」
藤井は思わず立ち上がった。
「でもさ、部活なんて、先輩の言うこと絶対やし、一回抜けたらもう居場所なんて……」
「ならば、己が居場所を作れ。居場所とは、誰かが与えるものにあらず。自ら築くものじゃ」
藤井の胸の奥に、静かに火がともる。
次の日、藤井は体育館へ行った。
ドアを開けた瞬間、空気がピンと張り詰めた。
「……なんや、サボリが来たで」
先輩のひとりがつぶやく。
だが、藤井はまっすぐに言った。
「俺、母が倒れて、弟の面倒見てて、来られなかったんです」
「は?」
「でも、また来たのは……俺が、ここでバスケがしたいからです」
静寂の中、ドリブルの音だけが体育館に響いた。
シュートは外れた。けれど、その音は、確かに“戻ってきた者”の一歩だった。
帰り道。
武蔵は屋上からそれを見ていた。
「人は、弱さゆえに他者を責める。されど、立ち上がる強さもまた、人の中にある」
彼の木刀は、今日も鞘から抜かれることなく、ただ静かに背中にあった。
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