ぎょう座
衣
ぎょう座
巡礼の途中で遭難してしまった男がいた。その名をチャオ・ファン。
急に吹き荒れてきた吹雪から身を休めるところを探していたら、いつの間にか足跡を見失ってしまったのだ。
雪道の中では道を見つけることは非常に困難だ。だから、誰が通ったかもわからない何者かの足跡が唯一の道標となる。そして吹き荒れる吹雪にその道標さえ消されてしまうことになる。
こうなってしまえば、雪を掘り起こし地面から足跡を見つける他ない。しかし、休む場所を探すときに随分道から逸れてしまった。
よく考えればこんな時期に長旅に出たのが間違いだったのだ。普通ならば秋の実りを収穫してからすぐに出なければならないところを、晩秋に出てしまった。
荷物の運搬に欠かせないヤクも買えなかった。
しかし、チャオにはなんとしてでも辿り着かなければならない理由があった。昔命を救われた恩師が危篤だと言うのだ。まだ命が続いてるうちに一目会いたかった。にもかかわらず、自分が命の危機ではないか。
これでは本当に恩師に合わせる顔がない。
チャオは吹雪の中、なんとか見つけた岩陰にテントを張り火をつけ雪が溶けて水になるのを今か今かと待っていた。
もはや暖をとることしか今は頭にない。ただ、テントを張ろうと鞄を漁った時に気づいてしまった。
干し肉がない。そこにあるはずの干し肉がないのだ。休めるところを探して這いずり回っている時に落としたに違いない。
道を探さねばならぬのに、雪に埋もれてしまった食料も探さねばならなくなってしまった。
食料が見つからなければもはや死を待つのみである。
絶望的な状況の中、とりあえず溶けた雪で作った茶を飲み、寝ようかと思ったその時、場違いに明るい声がした。
「なあ、人間!ちょっと話し相手になってくれよ」
そう言ったのは信じられないことに、餃子だった。
話を聞いてみると、この餃子は1ヶ月ほど前に民家から逃げ出してきたらしい。
再び人間の前に姿を見せるとはバカなやつだ。食べられてしまうに決まっているのに。
しかし、絶望に浸っていた私は、食べる前にこいつと話をしてみようと思った。
そこからいろいろな話をした。恩師のこと、宗教のこと、今絶望的な状況であること。
餃子の話もなかなかなもので、ヤギに食われかけた話なんかは臨場感があり愉快であった。餃子には失礼だが。
こいつはこいつで、この1ヶ月間必死に生きてきたのだ。
そう思うと、食べようとする気も起きなくなってしまった。
気づけば2人の間には確かな友情と呼べるものが生まれていた。
吹雪はなかなか止むことなくこの2日というもの、朝から晩まで2人は話に花を咲かせていた。
ふと、腹が減ったことを茶で誤魔化すチャオを見た餃子は切り出す。
「俺は死に場所を探しているんだ。今は冬だからいいが、夏になれば俺は腐っちまう。
俺はこれまで食べられたくなくて必死に逃げてきたが、きっと食べられるのが餃子の運命なんだろう。」
「待ってくれよ。せっかく仲良くなったんだ。私とくればいいじゃないか。」
「いや、いいんだチャオ。餃子がいるべき場所に戻るだけさ。それに食べ物は絶対いつか腐っちまうんだ。
死に方くらい自分で選ぶさ。
俺はこれまで人間からも逃げ回ってきたから、道がわかる。ここから右に行ったところに切り株がある。その真横に道があるはずだ。
チャオ、残すんじゃねえぞ」
そう言うと止める間もなく餃子は沸かしていたお湯に自ら飛び込んでいった。
「餃子!お前、私のために!」
そうしてチャオは涙を流しながらその餃子を大切に食べ、いつの間にか止んでいた吹雪の中を進んで行ったのだった。
後にチャオは偉大な僧侶となり、この時命を救われた餃子を星座として世に伝え残した。
それがぎょう座である。
ぎょう座 衣 @tukkuri1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます