第2話



「……えっと。急に、何のことですか?先生」

「そのままの意味だ」

「だから、それが意味わからないんですけど」


 言いたいこと?そんなの今だって言いかけて……あっ、そうか。そうだよ、言えばいいんだよ。


「……なら、言わせてもらいますけど。先生、俺よりも年だけは大分年上なんですから、そろそろ真面目に整理整頓を覚えて頂けませんか?やっておいてなんですけど、こういうのは俺の仕事範囲外し、自分でした方が先生だって気分よく仕事ができるってものでしょう?」

「そーか、なるほどな?あくまでシラを切るつもりなんだな、お前は」


 いやいや、普段心から思ってることですよ?シラってなんのことですか、と聞き返そうとして、視線を合わせれば。いつもより真剣な眼差しで俺を見て来るものだから。思わずまた、言葉を飲み込んでしまった。


 ……から。

 次の言葉の意味を飲み込もうとして、脳がその言葉を、うまく受け止めきれなかった。







「好きなんだろ、お前。俺のこと」


「……………。は、い??」


 しばらく黙り込んでしまったあと。俺は、そんな間抜けな声を出すしかなかった。


 はっはっは。

 急に何を言ってるんでしょうね?この人は。

 全くイミガワカラナイ。


 口元が引きつりそうになりながらも、なんとか唇を動かす。


「……変なこと言いますね。ナニか拾い食いでもしたんですか?」

「俺はいつも朝昼ともに購買で適当なもん買うし。そもそも、そんなヘマしねーよ」

「ですよねー」


 知ってましたけど。先生、自炊苦手だから適当に買ったものか食堂で食べるのは、昔からのことだから。まあ、先生が食堂で食べる姿を見るのはレアだけど。


「……冗談はさておき、なんで、そんな話をするんですか?その……。そういう話、嫌いなくせに」


 そう。なぜ、俺がこんなにも狼狽えているのかというと。

 普段ならばこの先生。男同士、というか、同性同士の恋愛を、関わるのも話に聞くことすら、強い拒否反応を起こすからだ。


 先にも俺が呟いたように。この人はよく見ると、顔が整っていたりする。そのことは、実は俺だけでなく、少なくとも保健棟でお世話になったことのある生徒の何人かは気付いているのだ。それに加え、治療するときの真剣な顔。カウンセリングの際の、素っ気ない優しさ。それらにうっかり惚れてしまった、という生徒は、案外少なくはないのだ。彼らは人里離れた山奥で、しかも思春期から男子ばかりの環境である意味閉じ込められて暮らしているのだ。意識してしまう相手も、当然、男子に固定されてしまうのも仕方ないと言えば、そう言うことだ。そういうわけで、この先生も、他の若くてカッコいい先生ほどではないにしろ、実はこっそりと隠れた人気があったりするのだ。


……が。


「当たり前だ。この学園から離れれば、胸も尻もでかくて肌も柔らかい女が存在してるっていうのに、近くにいるからって適当に男に告白してくるような連中、気が知れたもんじゃない」

「ですよねー……」

このように、キッパリと一刀両断するほど、同性愛には物凄く批判的なのである。一応、彼自身もこの閉鎖された学校の卒業生であるため、このような状況も把握してるはずだが。それにしたってあまりにも反応がヒドイのだ。最近も、先生の治療してくれた姿に惚れて、思い切って告白してきた可愛い系の生徒に対してかなり酷い振り方をしたのは……記憶に新しい。


『俺を好きだ?そりゃ思春期の気の迷いだ、他を当たれ。大体、俺は胸もない、尻も筋張って固い、あげくに股間には同じ○○○がついてる、顔だけ可愛い男なんぞ、ごめん被る』


 ……などと言って、折角出した勇気を容赦なくへし折り、相手が涙目になっても真顔で淡々と口撃する先生を押しとどめて、ひどく泣きじゃくる相手の生徒を、後で俺が宥めていく、というのがパターン化しつつある。しかも、そんな俺たちを横目で見つつ、泣き続ける生徒に対して「そもそも、男のくせに女みてぇにグダグダしてんじゃねぇ。気持ち悪ぃ」と追い討ちまでする始末。

 ……うん。いくらなんでも酷い対応だよな、ホント。


「だったら、そんな冗談言わないでください。大体、俺が先生のこと、そう意味で好きとか……そんな根拠、あるんですか?」


 思わずため息をついて、あえて目を吊り上げて、先生を見上げた。

 すると、それまで俺のことを痛いくらいに見つめ続けた先生の瞳が、揺れて。不意に俺から視線を外し、先程までの強気な姿勢は何処へやら。俺から目を逸らしたまま、ほんの少し、瞼を下げた。


「……俺には、ないな」

「ふざけてます?」


 意味のわからない返答に、思わず感情をぶつけかける。けれど、一度大きく、息を吐いてから。


「……大体ですね?ホントに俺が、先生のことを好きなら。他の子のように可愛くするとか、そんな努力もしますし。屁理屈しか言わない先生に気に入られるように、もう少し従順になれるように努力しますけど?その辺、どう思います?」

「図々しいな。どちらかと言えば」

「でしょう?」


 自分で言っておいてなんだが。先生を尊敬しているからって、何でもかんでも言うことを聞くばかりではいられない。そりゃあ、最初こそ、先生と知り合ったばかりの頃は、無条件に先生の言うことを聞いて素直に慕っていたりした。

だけど。


「さっきも言いましたけど、先生ってば俺がいないとすぐに机とか薬棚とか汚くするし。患者さんが増えたら、何日も徹夜して自分のことはお構いなしに、倒れかけるまで必死に治療するし。あと、先生にこっぴどくフラれた生徒のアフターフォロー、誰がしてると思ってるんですか?」


 目線を外したまま、とにかく俺は言葉を連ねた。黙ったままだと、勝手に先生は自己解決して納得しかねないから。そういう自分勝手なところがあるのは、それなりに長い付き合いのなかで、俺はよく知っている。知っていた。なにせ、先生とは、中等部に入学した年からの付き合いだ。高等部の2年となる今日までに、良いところも見れば、逆も見てきた。残念なことに、この人の場合は特に悪い部分の方が多すぎて…仕事以外のことになると色々適当過ぎるんだ、この人は。

 そんな先生を知っておきながら、好きになる要因があるとすれば。そいつは間違いなく、相当末期なマゾだと思う。………それこそ、救いようもないくらいの。

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