先生、いきなり人の後ろから壁ドンするのはどうかと思います!
あかし
第1話
心臓が、痛い。鼓動も、喧しい。視線が、外せない。
……どうして、こんなことになってしまったのか。
ワケのわからないまま、常より間近にあるその人の顔に、内心悲鳴をあげそうになる。そんな僕の心など、露ぞ知らないだろう。目の前のこの人は、いつもの無感動な視線で、俺を見つめてくる。
――そして。
「――お前。俺に言いたいこと、あるんじゃないか?」
「はい?」
月島尚人(つきしま なおと)、17歳。
ただいま、お世話になってる保健室の先生・上城暁(かみしろ あき)先生に、追い詰められているなう……です。
※ ※ ※ ※ ※
ここは、とある山奥にある全寮制の中高一貫の男子校。
うちの中等部と高等部では、敷地が区切られているため、表だった交流は少ない。
しかし、中等部高等部関係なく、怪我したり病気になった生徒は、その大小に関わらず、この保健棟に運び込まれることになっている。つまるところ、保健棟とは。この学園専用の病院みたいな場所なのだ。
理由の一つとしては、僕の通っている学園が、山奥にあるせいで大きな病院まで遠いから。また、お金持ちのご令息が多く通われているため、万が一命に関わることが起きた場合でも最速で対応するため、という裏事情も含まれているらしい。
そのため、この学園には教師陣だけでなく、保険医(正確に言うと学園に雇われた専属医師)も一定数存在するのだ。
そんな特殊な学園にて、俺、月島尚人が、高校生ながらもこの保健棟にてお手伝いしているのは、いくつか理由がある。
ひとつ、俺が保健委員会に所属していること。ふたつ、医療関係に進む学部を視野に入れて勉強しているため、大学に入る前の前勉強として手伝わせてもらえていること。そして、最大の理由であるみっつめは、というと。
今、俺の目の前で無表情になっている、彼の存在が大きいから、だったりする。
「……おい、月島。さっきから何そんな惚けた顔をしている。いつものキレのいい返事はどうしたんだ?」
「えっ、と。いや、あの、その……」
俺に向かって無表情のままガンを飛ばしまくっているこの人が。この学校に入ってから、絶賛お世話になってる最中である恩師、上城暁先生だ。
この先生は、一応保険医と言う立場なのだが。その風貌は、医者とも保険医とも言い難い格好をしている。
具体的に言えば。ボサボサの緩い天然パーマ、無精髭も生えっぱなしと、見た目にはまるで気を使わない容貌だ。一見すれば、不審者と間違えられかねないほどだ。ヨレヨレとはいえ、一応白衣を着ているため、一応医療に携わっている人……なのかな?と判別できる程度だ。本人曰く、医師免許を持っているとのことだが、山に降りても信じてもらえない気がする。……俺の感想だから、実際は知らないけど。
ただ、よくよくその風貌を見れば。奥二重の瞳に、鼻筋も真っ直ぐに通ったその顔立ち自体はイケメン……というか、イケオジに見えなくもない。髭や長めの髪のせいで分かりにくいとはいえ、愛想笑いの一つでもすればまだ印象は良くなるのでは??とも思える。個人的には勿体ないなぁ……と、思ってなくもない。本人には言うつもりないけど。
そして、見た目だけならまだしも、性格もあまりよろしい……とは言い難かった。
治療中はおろか、普段から真顔のまま、つまらなそうな顔をしているし、生徒であっても教師であっても基本的には無愛想で言葉少なく、話しかけにくいオーラダダ漏れのため、緊急であってもお近付きになりたくないお人だ。
いかんせん、普段から無表情なうえ見た目にもまるで頓着しない、日常生活においてはどうしようもない御仁なのだ。白衣を着ていなければ間違いなく通報される風体なのは、たとえ贔屓目があったとしても認めざるを得ないことだ。
そんな、素行不良にも見えるお人だが。
急病で倒れてしまった生徒や、大怪我した生徒が突然運び込まれても、冷静に処置をしていくし。たまに学校生活の相談をしにくる生徒への相談は、そっけないような素振りをしながらも、彼なりに向きあてくれるところとか。それなりにまあ、一応?ちゃんと保健医として、尊敬できる部分もあるのだ。
かくいう俺も、中等部に入学して間もなく、先生と初めて出会った時に助けられた経緯があるわけで。その後、たびたび保健室に遊びに行くようになってから、医療者としての先生の姿を見て……憧れて、しまった。
そのせいで、今まで興味のなかった、医療に興味を持ち。高等部に入ってからは、保健委員会に所属し。色々あって直談判した結果、先生の傍でお手伝いするようになったのだ。
まあ、先生がいる保健室に遊びに行くようになってからは。あまりにも部屋の整理が雑多すぎて。元々の仕事に加え、机の上や部屋の片付けだったり、はては薬の整理もついでにさせて貰ってた。……色々勝手してたわりにはよく怒られなかったな、当時の俺。
まあ、そこは色々不精なところがある先生が悪いと言うことで。うん。
さて、そんな先生と俺との付き合いは、 俺がピチピチの中学1年の頃からあるとはいえ、手伝いをする以外はお互いに踏み込みすぎない距離を保ってきたつもりだ。
だから、これ以上何か起こるとか、そういったことは一切ない。
――はず、だったのだが。
その均衡が、崩れたのは。
今日の放課後に俺が手伝いに来てそう間もない、数分前のことだ。
『…おい、月島』
『はい?なんでしょうか』
『少し、聞きたいことがあるんだが』
『えー?……まあ、別にいいですけど』
普段、用事を言いつける以外に仕事中話しかけることが滅多とないのだが……患者以外の他人には興味が薄い先生にしては珍しいことだ。
『何言ってるんですか。この前ちゃんと整理したのにまた出しっぱなしにしてる先生がいけないんですよ、どうして僕が見てない間にこうも……』
ぐしゃぐしゃに出来るんですか?と続けるつもりで、後ろを振り向けば。
――いつの間にか、俺の背後に先生が、いて。
そんなあの人の顔が、想定よりもとんでもなく、近すぎて。思わず、文句を続けるはずだった言葉を止めてしまっていた。
(…え、なんで?いつもなら片付けとか興味ない先生が珍しくこっちに来るとか…)
いつもなら、ぐうたらながらも書類仕事を渋々すすめているはずの先生が、こんなにも近くにいる。
……適当に髭を生やしてるのに、やっぱりイケメンなんだよなぁ、とついつい思っていれば、更に、何の前触れもなく手を伸ばされて。
そのまま俺を逃がさないようにするためか薬棚に手をつき、無表情のまま、俺のことを見つめてきた。
……あれ、もしかしてこの体勢……壁ドン、というやつでは……。
待って。だとしても、いや、ホントにこの状況は。
何??
『……あの、先生…?』
顔近い顔近い!!?というか、何で今日こんなに距離を縮めてくるのか…いつもなら俺にこんな興味持たないだろうに!
……なんて、いつにない距離感、常になく心臓の鼓動が勝手に速くなってしまっていた、そんな時。
『お前。俺に言いたいこと、あるんじゃないか?』
『はい……?』
そして、冒頭の発言に至る、というわけだ。
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