1-2 憧れのクレイグ先生

 ステラがはっと目を開いて身を起こすと、周りを囲む白いカーテンが目に飛び込んできた。少し硬めのベッドもまた、真っ白なリネンで覆われている。


「ここは……?」


 額を押さえてつぶやいたと同時に、シャッとカーテンが開かれ、白衣を着た中年の女性が姿を現した。


「目が覚めた? 気分はどう?」


「特に問題ないですけど……あなたは?」


「医務室に来るのは初めてね。校医のパトリスです」


「医務室? あたし、どうしてそんなところに……」


「ダンジョン内でイレギュラーが発生して、学園長が救出してくださったのですよ」


「学園長って……まさかクレイグ先生!?」


「他にいらっしゃいません」


 うなずくパトリスの顔は、ステラの目を素通りしていく。


「も、もしかして、あたし、クレイグ先生にお姫様のように、こう、抱っこされて運ばれてきたのでしょうか!?」


 ステラは夢見心地で両腕を宙に差し出すが、パトリスは憐れんだような目をそらした。


「荷物のように肩に担いでいらっしゃいました」


「いえ、そ、それでもいい……!! クレイグ先生の肩があたしのお腹に!? 腕があたしの背中に回されちゃったりして!?」


 自分が肩に担がれた姿を想像して、鼻血が出そうな勢いで興奮してしまった。


 どうしてそんな貴重な感触を覚えていないのか。ステラは悔しさで涙目になってしまう。


「それでステラさん、学園長がお話を聞きたいそうです。お元気な様子ですし、これから来ていただいてもかまいませんか?」


「クレイグ先生とお話ができるんですか……!? もちろん喜んで……あ、でも、まずは身だしなみを整えて――」


 頭に手をやると、結んでいたポニーテールはなくなっている。着ているローブも周囲の清潔さに反してひどく汚れていて、叩けば土ボコリがふわふわ舞う。


「まずは湯浴みをしてからでいいですか!?」


「必要ありません!」


 パトリスにぴしゃっと言われて、ステラはしゅんと頭を落とした。


 せっかく憧れのクレイグ先生と話せる機会ができたというのに、どうしてこんなみっともない姿で会わなければならないのか。


 ステラは袖口を鼻に寄せてクンクンかいでみる。乙女心として、せめて『クサい』とは思われたくない。


 ホコリ臭いけど……これくらいなら大丈夫?


 パトリスがカーテンの向こうに消えた後、しばらくしてクレイグが姿を現した。


 いつも通りシワ一つない濃紺のローブを優雅にまとっているが、端正な顔の眉間には珍しくシワが寄っていた。


 やっぱりホコリ臭いのは苦手ですか!?


「ステラ・フェルトンだな?」


 クレイグの引き締まった美しい唇から、つややかな声で自分の名前がこぼれる。

 それだけでステラは昇天してしまいそうなほど頭に血が上ってしまった。


「名前を覚えてくださって、大変光栄です!」


 クレイグは一瞬困ったように眉尻を下げて、それからイスに腰を下ろしながら口を開いた。


「ダンジョンの中で何が起こったのか、どこまで覚えている?」


「ええと……確か地震が起きて、足場が崩れて……そのまま落ちました」


「それから?」


 続きを促されるが、ステラはすぐに思い出せない。


 落ちて……気を失った?


 目を閉じてその時のことを思い出してみると、まぶたの裏に浮かぶのは緑の光に包まれた薄闇の空間。


 一階層と変わらない光景だが、迷路のような造りだったそことは違う。

 円形の舞台が見渡す限りに広がっていて、その周りには高い天井を支えるように円柱が並んでいた。


 あれはもしかして……二十階層?


 二十階層ごとにある通称『ボス部屋』。そこを守る巨大なドラゴンと戦うために、他の階と違って広く造られているという。


 二十階層のボスはグリーン・ドラゴン。それを倒すと、『初級魔法士』の称号を得られる検定用の階層だ。


 この称号を得られれば、どの国の軍でも雇ってもらえるという一つの指標になっている。


 いやいやいや、天才クレイグ先生ならともかく、あたしなんかが足を踏み入れて、無事に戻ってこられる場所じゃないって。


「二十階層にいたような気がしますけど、きっと夢ですね」


 ステラはニコリと笑って見せた。


「いや、君は確かに二十階層で見つけた」


「……はい!? あたし、本当にそんなところまで落ちたんですか!?」


「普通に驚く。気は失っていたが、ケガ一つないとは」


『驚く』と言ったわりに、クレイグは無表情のまま。そんな様子はうかがえない。


「一応、風魔法で自分の身を守ったんですけど、効果があったってことですかね……?」


「ほう、風魔法を使ったか」


「ちょっと失礼する」と、クレイグの右手がステラの目の前に掲げられた。


 そこに浮かび上がるのは、赤や青、緑や白と様々な色に明滅する魔法陣。何らかの魔法がかけられているようだが、魔法陣の変化が速すぎて、ステラの目では読み取ることができない。


 クレイグの手から魔法陣が消えると、「ふむ、なるほど」と、その手は顎に当てられた。


「な、なんでしょうか!?」


「フェルトンという姓は聞いたことがないが、君の両親は魔法使いか?」


「ええと、『フェルトン』はあたしを育ててくれた養父母の姓でして。本当の母親が魔導師で、この学園で教師をしていたと聞きました。父親が誰かは養父母も知らないそうです」

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