1-3 ダンジョン実習禁止!?
ステラは十二歳まで、フェルトン家の娘として疑っていなかった。
レジカントの下町で料理店『
時々店の客に『両親のどっちとも似ていないね』などと言われることもあったが、家族だと疑う余地もないほど仲良く暮らしていた。けっして裕福な暮らしではなかったが、幸せだった。
ある日、店に来た客に――
『君、魔法適性がありますね。将来は魔法使いになる予定ですか?』
魔法学園を中心に発展してきたレジカントの街において、世界のどこの国と比べても魔法は身近なものになる。そんな街で育つ子どもなら、誰でも憧れるのが魔法使いだ。
このまま両親の店を手伝いながら、普通に結婚して、普通の人生を送るのがステラの人生だと思っていた。
だからこそ、その一言は天変地異にも近かった。
『あたし、魔法使いになれるかもしれないんだって。十五歳になったら、魔法学園を受験してもいい?』
胸をときめかせて両親に聞いた時、『実はね――』と、本当の両親が別にいることを知らされたのだ。
実の母親はレジカント生まれで、ローザの幼なじみだった人。魔法適性を認められて、十五歳の時にこのカーヴェル魔法学園に入学したという。
『やっぱり血は争えないのかしらね』と、ローザは淋しそうに笑っていた。
仲の良かった家族を手放してしまったのは、ステラ自身だった。
それでも、学園に合格できた時はうれしかった。入学して、魔法を学ぶのも楽しかった。クレイグにも出会えた。
ただ、魔法使いとしては中途半端な能力しか持っていないと知って、魔法適性があると知らない方が良かったと思うこともある。
あたしが魔法使いになりたいなんて言わなければ、今でも普通の家族として暮らせてたのに……。
「その生みの母親の名前は?」
クレイグに問われて、ステラはゆっくりと顔を上げた。
「シンシア・マクニールと聞いています」
知っているのは名前だけ。『いつか迎えに来るから』と、赤子の頃に預けられて十五年、それきり行方知れずとなっている。
「シンシアの娘か……」
クレイグの声が親しげに響いて、ステラははっと彼を振り返った。
「ご存じなのですか!?」
ステラの勢いに気おされたように、クレイグは慌てた様子を見せる。
「あ、いや、昔そういう名の教師がいたと、祖父から聞いていただけだ」
「先生、嘘が下手ですか? 母について何かご存じみたいですけど」
「知っているのは、もう二十年近く前の話だ。働き始めて二年ほどで退職願を出してきて、姿を消したらしい。祖父も行方を調べたが、見つからなかった。後にも先にもそんな教師はいなかったから、祖父も記憶に残っていたのだろう」
「そう、ですか……」
十五年前にステラを預けに来た時が、シンシアがレジカントを訪れた最後だったのかもしれない。
あたしを迎えに来るって約束したのに……。
「会いたいのか?」
クレイグにやさしくいたわるように聞かれて、ステラの方が驚いてしまう。
人形のように冷たく見えても、根は温かい人のようだ。
そんな彼につい甘えたことを言ってしまいたくもなるが、ステラはかぶりを振った。
「会いに来ないということは、会えないのか、会いたいと思っていないということです。あたしの方から捜して無理に会いに行くつもりはありません」
クレイグは興をそがれたように「そうか」とつぶやくと、静かに立ち上がった。
「話がそれたが、君の今後については改めて話をすることにしよう。明日は登校したら、学園長室に来るように」
クレイグ先生の部屋に呼ばれた……!!
明日もクレイグに会えるとなれば、普通なら胸が躍ってしまうところなのだが――
学園長室に呼び出される事態というのは、学生にとってあまりうれしくないことの方が多い。
あたしの今後について……?
「はい、伺います。ただ、明日のダンジョン実習がどうなるのか……」
「修復に五日ほどかかるから、その間、他の学生も自習してもらうことになる」
「それならよかったですけど――」
「とはいえ、君がダンジョン実習に戻ることはない。立ち入りも禁止だ」
「え? 実習禁止……!?」と、ステラは目を剥いた。
学園の生徒として実習ができないというのは、落第の烙印を押されたも同然。退学を言い渡されたのと同じだ。
「その話も明日にしよう。今日は疲れただろう。家に帰ってゆっくり休みなさい」
ステラが呆然としている間に、「では明日」と、クレイグはカーテンの向こうに消えた。
ダンジョン実習禁止って……どうして?
ステータスが低すぎて、ダンジョンに潜るにはまだ早すぎると判断されたのか。
そ、そりゃあ、最弱のスライムすら倒せなかったんだから、当然と言われたらそれまでだけど……。
クレイグの姿を見るために学校に残り続けていたが、いよいよそれも限界なのかと思い知って、ステラはずんと頭が重くなるのを感じた。
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