第13話



「ほう、認めさせたい、と? それはまた、どういうことかな?」


 バルドゥスは、意外なアリアの反応に少し驚きつつも、興味深そうに先を促した。


「だって、先生の作る武具は、本当にすごいんです! あたしのアルタイルも、ルナの杖も、ソフィアの腕輪も、全部先生が作ってくれたんですけど……それがあったから、あたしたち、ここまでこれたようなものなんです。だから……先生の技術が正当に評価されれば、もしかしたら、先生が王都で工房を持つこともできるし、自由に鍛冶ができるようになるかもしれないって……! だから、少しずつ理解者を増やしたいと思っているんです!」


 アリアの言葉には、育ての親であるダリウスの境遇を少しでも良くしたいという、純粋な願いが込められていた。


「……ふむ、なるほどな。ダリウス殿の類稀なる技術を結界内に招き入れたい、と。そして、儂にもそれに協力してほしい、ということか」

「そうです!」


 きらきらと輝いた表情をしているアリアに、バルドゥスは苦笑を浮かべた。


(確かに、アリア殿のアルタイルを見れば、そのダリウス殿が規格外の腕を持つことは疑いようもない。だが……それはそう簡単な問題でもない。……ギルドの既得権益、長年培われてきた技術の秘匿、そして何より、未知なるものへの警戒心……。結界内の掟は、確かに時に不自由で窮屈なものだが、無法を防ぎ、秩序を守るため、そして結界内の民の安全と、貴重な技術が安易に流出することを防ぐという意味合いも持っておる。全てが全て自由というのは、時として大きな混乱を生むことにもなりかねん……。うむ、一筋縄ではいかぬ問題ではあるのだが……)

「……うむ。アリア殿の言うことも、もっともだ。儂とて、あのアルタイルを目にしてしまっては、作り手の技に興味を持たぬわけにはいかぬ。そして、もし本当に儂の悲願を叶えるに足る武具を打てる人物ならば……。よし、アリア殿。儂にできることがあれば、微力ながら協力しよう。まずは、そのダリウス殿に会ってみねば話は始まらんな」

「本当ですか、バルドゥスさん!」


 アリアは、ぱあっと顔を輝かせ、子供のようにはしゃいだ。その喜びように、バルドゥスも思わず笑みがこぼれる。


「わかりました! それじゃあ私も、一緒に行きます!」


 アリアは真っ直ぐな瞳でバルドゥスを見上げた。その言葉に、バルドゥスは驚きに目を見開いた。


「な、なに!? しかしアリア殿、そなたは騎士団長だろう? ……長期間旅に出る余裕はないとは思うが」

「大丈夫です。それまでに仕事を片付けておきますので。……それに、結界外を案内なく移動するのは大変だと思いますし……結界外の調査に向かうとでも伝えておけば、ある程度自由に動けると思います」

「……確かに、そうではあるが……」

「何より、あたしがダリウス先生に会いたいですし……!」


 笑顔で語る彼女に、バルドゥスは苦笑する。

 様々な理由を口にしていたが、恐らくそれがもっとも強い理由であり、彼女の本心だろうと思ったからだ。


「あるな。アリア殿のいう通り、儂一人で結界外を移動できるか……不安も残るしの。……分かった。アリア殿が、同行してくれるのであれば、心強いしの」

「はい! 当日はよろしくお願いします。予定が決まったら、また教えてください」

「うむ。分かった」


 そこで、バルドゥスはアリアと別れ、自邸へと戻った。



 自邸に戻ったバルドゥスは、主君であるラングフォード伯爵の屋敷へと向かった。

 元々親しい間柄であり、伯爵の書斎に通されたバルドゥスは、深々と頭を下げた。


「今日はどうしたんだ、バルドゥス? いきなりこんなふうに改まって訪れて……もしかして、また娘が魔法の訓練を聞き入れてくれないとか――」

「いえそれでは……いやまあ、彼女は相変わらずではありますが……今回は折り入ってご相談と、そしてお許しをいただきたい儀がございまして参上いたしました」


 ラングフォード伯爵は何かを察したのか、手にしていた羽根ペンを置き、静かにその言葉に耳を傾けていた。

 四十代半ばの整った顔立ちには知性が滲み出ていた。


「……相談?」

「……実は、長年この胸に抱き続けてきた、武人としての、いや、一人の男として、どうしても果たさねばならぬ宿願がございます。このままでは、死んでも死にきれぬ、魂の借りとも言うべきものが……。それを果たさずして、このまま安らかに余生を送ることは、儂には到底できそうにありませぬ。つきましては、誠に勝手ながら、しばしのお暇を賜りたく……」


 バルドゥスは、言葉を選びながらも、その声には揺るぎない決意を込めた。

 そんなバルドゥスの想いに答えるように、伯爵は手を止め、驚いた表情も見せず、ただ静かに視線を返していた。


「……して、その『男として果たさねばならぬこと』とは、私に聞かせられぬことか?」

「いえ、それは――」


 バルドゥスは、一瞬ためらった後、長年胸の奥に秘めてきた、かつての部下たちの無念を口にした。

 宿敵「グリムリーパー」への因縁を、自分の汚点にして恥であった戦いについて。


 全てを聞き終えたラングフォード伯爵は、大きくため息をつくと、ゆっくりと立ち上がり、窓辺に歩み寄った。

 そして、窓の外の王都の景色を眺めながら、静かに口を開いた。


「……そうか。お主ほどの男が、それほどの想いを抱えていたとはな。私としたことが、気づいてやれなんだ。済まなかったな、バルドゥス」

「滅相もございません。……伯爵様には、何から何まで……これまで過分なるご厚情を賜り、感謝の念に堪えませぬ。それでいて、改めてこのような我がままを言ってしまい……」


 バルドゥスが再び頭を下げようとするのを、伯爵は手で制した。


「よい、バルドゥス。お主の覚悟、確かに受け取った。行くといい」

「……伯爵様」

「そして、必ずやその宿願を果たしてくるんだぞ。……このラングフォード家の武術指南役の席は、お主が戻るまで、誰にも渡さず空けておく。もし、お前が『辞表』などという無粋なものを用意しているのなら、それはそのまま持ち帰るといい。お主が無事に戻ってくることを、楽しみに待っておるからな」


 バルドゥスは、懐に隠し持っていた辞表の、硬い羊皮紙の感触を確かめる。


(このお方は……儂の覚悟も、そして懐のこの辞表のことまで、全てお見通しだった……。あのグリムリーパーに、勝てる保証などどこにもない。だからこそ、万が一のことを考え、お家にご迷惑をおかけせぬよう用意してきたのだが……)


 主君の深い洞察力と、それ以上に、自分の生還を信じて疑わないその温かい言葉に、バルドゥスはそれを差し出すことはしなかった。


「……伯爵様……。そのお言葉、身に余る光栄にございます……。このバルドゥス、必ずや生きて戻ります」

「うむ、信じているぞ、バルドゥス。お主の武運を、心から祈っている」


 伯爵の温かい言葉に送られ、バルドゥスは書斎を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る