第4話

廃鉱山での任務以来、俺は聖堂の裏にある、人目につかない小さな裏庭で密かに訓練を始めた。リーゼはシスターの手厚い看病で順調に回復している。ギルドの目を気にしなくてよくなった今、この「負債魔力」という危険な力をどうにかしなければならない。


俺は目を閉じ、自身の奥底に渦巻く黒い塊に意識を集中する。それは、借金という重荷、任務の理不尽、そして目の前で倒れていったあの三人の恐怖から生まれた、純粋な負のエネルギーだった。引き出せば引き出すほど、精神を蝕むような嫌悪感が全身を駆け巡る。


「くそっ……!」


力を引き出すたびに、頭の中に無数の囁きが響く。焦燥、怒り、絶望、執着――それらが肥大化し、俺の理性を食い破ろうとする。

最初は、力の加減が全く分からなかった。少し意識を向けただけで、指先から制御不能な魔力が噴出し、小さな石が粉々に砕け散る。まるで、荒れ狂う嵐を瓶に閉じ込めようとしているかのようだ。


「もっと、冷静に……」


俺は呼吸を整え、再び試みる。魔力を引き出す際、心臓の鼓動に意識を向けた。それは、神父様が教えてくれた、どんな時も冷静でいるための瞑想だった。激しく脈打つ心臓の音を聴き、その中心にある、小さな静寂を見つける。


負債魔力は、確かに俺の負の感情を源としている。しかし、その感情を「燃料」として捉え、自らが「燃焼炉」となることで、出力自体は制御できるのではないか?

俺は、怒りや焦りを力に変えるのではなく、それらの感情を一度冷静に「認識」し、そこから必要な分だけエネルギーを抽出するイメージを試みた。まるで、熱い炉の扉をわずかに開け、必要な熱だけを取り出すように。


「ハァッ……!」


ゆっくりと右手に魔力を集める。これまでは勝手に溢れ出していた黒い光が、わずかに、しかし確実に俺の意図に従い始めた。指先で光が収束し、不安定ながらも形を保っている。小さな炎のような、しかし圧倒的な質量を持った魔力の塊。

次の瞬間、俺はそれを目の前の的に向かって放った。


「ッ!」


ドゴォン!


轟音と共に、的として立てていた古びた木材が爆発した。周囲に木片が飛び散り、土埃が舞い上がる。威力は申し分ない。だが、まだ問題があった。


「ぐっ……はぁ……!」


魔力を放った瞬間、頭痛と吐き気に襲われる。身体が鉛のように重くなり、精神がすり減っていく感覚。まるで、自分の命の一部を差し出したかのような疲弊感だ。


「これじゃあ、連続で使えるはずがねえ……」


負債魔力は「燃費が最悪」という特性は健在だった。一瞬の爆発力は得られても、その代償は大きすぎる。これでは、戦闘中に一度使えば、そのまま動けなくなってしまうだろう。

シスターの言葉が頭をよぎる。「お前の身を削るものだ」。


俺は膝から崩れ落ちた。デットフィーンド化の恐怖が、再び俺の心を締め付ける。この力を使いこなせなければ、俺は遅かれ早かれ、魔物になるか、あるいは魔力過剰使用で自壊してしまうだろう。

それでも、俺には諦める選択肢はなかった。リーゼを、そしていつか、この世界の理不尽に囚われた全ての人々を救うために。


俺は再び、重い体を引き起こした。黒い魔力が渦巻くたびに、脳裏を過ぎる死の恐怖と、ギルドの嘲笑。それら全てを「燃料」に変え、しかし、その炎に飲み込まれないための制御装置を、この身に作り上げる。


「まだだ……まだ、終わらせねえ……!」


夜が更け、聖堂の裏庭には、時折小さな爆発音と、カイの苦悶の声だけが響き渡っていた。

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『負債魔力と契約破りの神託者』 @fsena

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