1ー4 神体
もっとも「駆動スケーター」と「瞬間ブースター」を使った人力で運送する俺に、遠い宛先の仕事は入らない。
いつもなら駆動スケーターで一気に駆け抜けるのだが、今日は
千沙羅は、通り過ぎる全てを、珍しそうに見るのを止められない。
「何だよ、千沙羅。まさか、街を歩くの初めてなのか?」
「ううん。端っことか、路地とかは来た事あるよ。でも、大きな道をちゃんと歩くのは、初めて」
まあそうだろうな。
旧ビル街で素性がバレれば、容赦のない攻撃を受ける事もある。
今の千沙羅はエレナの服を着ているし、汚れていない。
一見して00ナンバーとはわからないから大丈夫だとは思うが。
「ねえ、イザム。あの犬がつけてるの何?」
「ん? あれは小型の端末」
「じゃあ、あの人がつけてるのは?」
「あれは、奇抜な髪飾り」
「じゃあじゃあ、あの人が持っているのは?」
「あれは、ただの食いかけの肉まんっ」
キョロキョロと目移りする千沙羅を連れて、中央市場にさしかかる。
人通りが一気に増えて、やかましい喧噪に包まれていく。
「ほら、千沙羅。前を見ないと人にぶつかるぞ」
「うん。ねえねえ、あの人、足が何か違う」
千沙羅の指さした先を見ると、棒のような義足をつけた男が歩いていた。
「ああ、あれは義足。失くした足の代わりだよ」
そう言った直後、ギクリとした。
千沙羅も右腕が無い事を思い出たのだ。
もしかして俺は今、かなりデリケートな部分に踏み込んだ発言をしてしまったのではないだろうか。
だが、千沙羅は何とも思っていないようで、
「ふーん」
と言っただけだった。
義足の男は、ヨタヨタと歩いていく。
彼はなぜ足を失くしたのだろうか。事故か事件か。
いや、身体欠損の理由において、事故や事件なんて数パーセントだ。
圧倒的多数を占める理由は、一つしかない。
「ギフトか……」
俺は呟いた。
エレナの左目と同じ。身体欠損の一番の理由はギフトだ。
そして体の一部分を失った。
ギフトで捧げた肉体は、二度と戻らない。
そう、
義足の男は、周囲から迷惑そうな視線を向けられている。
それを見て、俺の胸の中に、じわりと広がる不安があった。
そうだ。千沙羅に運送の仕事を見せてやりたい気持ちが先行して、忘れていた。
千沙羅は右腕が無い。
彼女は間違いなく「身体欠損者」なのだ。
人通りの多いこの場所は、00ナンバーの人間には危険な場所だが、加えて欠損者にとっても安全な場所ではない。
千沙羅はその両方の枷を背負っている。
ナンバーは見ただけではわからないが、右腕が無い事は一目瞭然だ。
「千沙羅、人がいっぱいいるから、もっとこっちに寄れよ」
「え? ああ、うん」
千沙羅の右側に並び、肩と肩がくっつく位まで近づいて歩く。
その右腕が無い事を気づかれないよう祈りながら歩く。
すると、左の方を見ていた千沙羅が、また言った。
「あの人も、足の先が違うよ」
「それも義足だろ。別に珍しくはないんだ」
「そうなんだ。あの足、緑色で光ってる。面白いなぁ」
「み、緑だって?」
慌てて千沙羅の視線の先を見る。
その先に、片足だけ靴を履いていない男がいた。
彼の左足は剥き出しで、緑色の輝きを放っている。
どくん、と俺の鼓動が早くなる。
間違いない。
あれは、『
「なんでこんな所に、神体者がいるんだよ」
男の足に気がついた周囲の人々にも、ざわめきが広がっていく。
それはそうだ。
神に認められた証、神体を持つもの。
そんな人物が、旧ビル地区の市場にいるのだから。
神体者の多くは中枢地区に住んでいるし、旧ビル地区にいたとしても、こんな市場に来るのは珍しいのだ。
男の左足。
足首から先の部分が、緑色に輝く機械の足になっている。
細かい部品の一つ一つにいたるまで、全てが緑に輝く透明なクリスタルで構成されている。
神体持ちはまずい。
あいつらの思想は、特にナンバー差別や欠損差別に偏っている。
千沙羅が見つかったら、面倒なことになるかもしれない。
「千沙羅、少し急ぐぞ」
「え?」
千沙羅の背中を押して、急いでその場を離れた。
人を抜き去って歩いていると、千沙羅が尋ねてくる。
「ねえ、イザム。あの緑の足も、義足なの?」
「いや、あれは違う。あれは神体って言うんだ」
「シンタイ……」
「千沙羅は、神衛は知っているんだよな」
「うん。朽蟻と戦う人」
「そう。じゃあ、ギフトは?」
「知ってる。神衛の人が、体を使って戦う技でしょ」
「そうだ。ギフトで失った肉体は、二度と戻らない。だけど、その戦いぶりが
「神……」
ぴたりと千沙羅が歩みを止める。
振り返った俺に、彼女は険しい視線をよこした。
「神…神様。あたし、知ってる。この『世界』を見ている。つらい人を助けるって言われてる。それが神様」
「そう、それが神様だ」
「本当にいるの?」
「さあな。誰も見た事ないし、会った事もないからな」
千沙羅は顔を歪めて、吐き捨てた。
「あたし、神様、嫌いだっ!」
きっと結ばれた千沙羅の口。
千沙羅の過ごしてきた人生を考えれば、神様がつらい人を助けるなんて、信じられなくて当然だろう。
それが、こんな神の拒絶へと変わっているのではないか。
その気持ちが、俺にはわかる。
千沙羅に歩み寄って、その右肩に手を置いた。
「俺も嫌いだよ。行くぞ」
そのまま千沙羅の背中に手をやって、彼女の無い右腕を隠しながら、市場を後にした。
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