1-2 振り合う縁
「さてと……」
俺は、騒がしい面々を無視して、ベッドに座る少女に向き直る。
「それで、君の名前、教えてくれるか?」
少女はまた少し考え込んでから、答えた。
「私の名前。……
「千沙羅、か」
すると、
「千沙羅ちゃん、な。そんで、ナンバーは?」
その瞬間、千沙羅と名乗った少女は、きっと丸世路をにらむように見上げた。
だが、すぐに目をそらす。
そして、言い捨てるように呟いた。
「……
「だろうな。ま、わかっていたが。とりあえず今夜は泊まっていけ。もう夜だしな」
「別にいい。もう行く」
ベッドから降りようする千沙羅。
俺は慌てて彼女を止める。
「いやいや、腹が減ってんだろ? 泊まっていけよ。ほんの少しとはいえ俺も君に助けられたしさ」
「どこが少しだ。禿げたくないって叫――」
近寄ってきた
エレナもやって来て、嬉しそうな声を上げた。
「そうだよ、千沙羅ちゃん。私、ご飯作ったから、一緒に食べようよ」
その瞬間、千沙羅は吠えるような声で怒鳴った。
「いらないッッ!」
その声に、エレナだけでなく俺も一歩下がってしまう。
俺達をにらみつけて、千沙羅は次々と叫んだ。
「あたしは一人で生きてきた! これからも一人で生きていけるっ。00だとか、勝手に見下すな! 余計なものなんて、あたしにはいらないっ!」
猛獣のような険しい表情で、千沙羅は言い放つ。
彼女の無い右腕に結ばれたスカーフが、その勢いで翻った。
部屋に漂う気まずい沈黙。
だが、丸世路の場違いな程、普通の声がそれを破る。
「ふーん。そうか。で?」
「え?」
「それが、この家に泊まっていかない理由に、どう関係してくるんだ?」
千沙羅の叫びをまるで気にしていない丸世路に、彼女は戸惑った様子を見せる。
「いや、だから、あたしは――」
「俺の弟分が、お前に助けられたんだ。その礼がしたい。俺が言っているのはそれだけだ」
「そ、そんなのは……」
千沙羅が視線を落として、困った表情を浮かべる。
「それにな、俺の妹は、もうお前の分まで飯を作っている。イザムなんて、もうお前をエロい目で見ている」
「ええっ!」
エレナが悲鳴のような声をあげ、両手で口をおさえる。
俺は思いっきり噴き出した。
この銀髪ゴリラ、何を言い出すんだっ。
「エロッて、おい丸世路っっ! 何言ってんだよ、てめえっ!」
「そうじゃなきゃ、見知らぬ女の子をわざわざ背負って、廃ビル群から歩いてくるかよ。00でしかも欠損者を連れちゃ、バスも乗れないからな」
千沙羅が、じっと俺を見つめてくる。
俺は恥ずかしくなって、視線をそらし続けた。
別に何か特別な感情があった訳ではなかったんだが……
「そしてこの俺はな。もうお前を、今日だけじゃなく明日も明後日も、ずっとここに泊めてもいいと思っている。お前が良ければ、だがな」
「お兄ちゃん……」
エレナが驚いた顔で丸世路を見た。
「だから、せめて今日くらい飯食って、ここで寝ていけよ。わかったな」
丸世路は、手をひらひらと振りながら部屋から出て行く。
その背中を追って、螺数が飛んでいった。
「おい、丸世路。お前、俺の許可もなく勝手な事を――」
「うるせえ、ぬいぐるみっ。お前も店じまいを手伝え」
階段を降りていく二人の会話は、階下に消えていった。
膝に視線を落としている千沙羅に、エレナが声をかける。
「あのね、お兄ちゃんはああ見えて、すごく優しいの。ナンバー差別や欠損差別が大嫌いなんだ。私のせいで、こんな場所にしか暮らせないんだけど。きっとあなたの事もね、助けてあげたいんだと思う。だからね、ホントに泊まっていっても……、ここで暮らしてもいいんだよ」
先ほどはエレナを諭していた丸世路だが、何の事はない。
あの時既に、彼は覚悟を決めていたのだろう。
00ナンバーの千沙羅が、ここにいたいと言った時に受け入れる覚悟を。
俺も、赤い顔がばれないように、そっぽを向きながら訂正しておく。
「あのな、まず丸世路が言っていたエロい目で見てるってのは、あいつの冗談だ。あいつなりのな。つまらんくせにギャグ好きなんだ」
そうだ。俺はただ助けてもらったのは事実だから、それでいきなり目の前で倒れたりしたから、仕方なく連れてきただけなんだ。
言い訳する俺を、千沙羅が見上げている気配を感じる。
まあ、だけど、この少女がここで暮らすというなら、別に反対する理由もない。
「俺もさ、家族がみんな死んでいなくなって、施設に行くかどうかって時に、丸世路が一緒に暮らそうって言ってくれたんだ。君が増えても大した事はないんだよ。まあ、丸世路もああ言っている事だし、しばらくここで過ごしながら、考えてもいいんじゃないか」
「ここで、暮らす……」
千沙羅は視線を落としたまま、ぽつりと言った。
「暮らすなんてできない。この『中』には……」
その言葉の意味がわからず、俺とエレナは顔を見合わせる。
だがその直後、千沙羅は顔を上げ、
「でも、今日は泊まってく」
と言った。
その途端、エレナが飛び上がる。
「本当っ? ねえ、泊まってくの?」
「うん。今日だけ」
「じゃあ、お風呂行こっ。一緒にお風呂入ろうよ」
「え? あ、あの、お風呂――」
エレナの勢いにうろたえる千沙羅。
だが、エレナは強引に彼女の左手をとった。
「ほら早く。私の服、貸してあげるから。その後はご飯だよ」
「あ、その――」
エレナに左手を掴まれ、片腕の少女は引っぱられるように連れて行かれる。
その右腕に結ばれた赤いスカーフが揺れているのを、俺は見送った。
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