18.「影からの助け」

 炎牢城の最奥を探り終え、私たちは静かに引き返していた。

 影に溶け込むように歩き、痕跡を残さぬように。


 勇者パーティーが動き始める前に。


「……もう朝ね」


 息を吐きながら、額を押さえた。


 その時だ。


『ルビアです』


 しっとりと落ち着いた女の声。尾行部隊の隊長、ルビアだ。


『ナディア様、勇者パーティーが道を進み始めました。あと数刻で炎牢城の外縁に到達します』


『ありがとう、ルビア。炎牢軍の変わった動きは?』


『小規模な魔族の群れが進路に配置されておりますが……ナディア様の指示通り、事前に配置させておいた死霊に排除させております』


『さすがね』


 勇者パーティー――。

 彼らはいま、どんな顔で歩いているのだろう。

 緊張しているのか、それとも自信に満ちているのか。


 私はほんの少しだけ目を閉じ、胸の奥が熱くなるのを感じた。


 だが、感傷に浸っている暇はない。


「みんな、急いで。尾行部隊と合流するわ」


 声をかけると、クラウスやミーナ、ヴェル爺たちが一斉に動き出す。夜の潜入で仕掛けてきた布石を確認しながら、次なる支援の準備を整える。


『それじゃあ、あとでね』


 通信が途切れると同時に、胸の鼓動が早まる。

 これからリカルド様が踏み込むのは、四天王の根城――炎牢ファルネウスが待つ場所だ。

 今の未覚醒状態の勇者パーティーが無傷で切り抜けられる敵ではない。


 だからこそ。

 私がいる。


「リカルド様……」


 誰にも聞こえないほど小さな声で、その名を呼んだ。



 城を出て、岩肌の裂け目を抜けると、光が差し込んできた。朝霧に包まれた荒れた道が見える。その脇には、尾行部隊が身を潜めていた。


「ナディア様」


 ルビアだ。彼女の背後には十数名の死霊兵が並び、既に体勢を整えている。


「ご苦労さま、ルビア。異常は?」


「問題はありません。あれからも敵は数度、襲撃を試みていましたが、脅威になり得る魔族は排除済みです」


 ルビアの報告に、バーンが腕を組んで笑う。


「へっ、そりゃ良かったぜ」


 やがて、待機していた道の向こうに勇者パーティーの姿が現れる。

 リカルド様を先頭に、フローラさんが祈りを捧げるように歩き、その後ろにゴドフリーさんとミランダさん。

 四人は堂々たる足取りで進んでいる。


 私たちはその背を、気付かれないように付いていく。


「さて……始めましょうか」


 私は、死霊たちに命令を下した。


 まず目に入ったのは、道脇の茂みに潜む魔族の気配。小型の魔獣を従え、リカルド様を狙っている。


「ルビア」


「はい」


 ルビアが指を鳴らすと、三体の影が滑るように走り出した。無音のまま茂みへ潜入し、鈍い音と共に敵が崩れ落ちる。


「罠も仕掛けられているようですわ」


 報告したのは、ミーナだった。


「爆弾紋です。発動すればその場で爆発します……見たところ、かなり精密に隠されているようですわ」


「解除できそう?」


「解除はできませんが、爆弾紋の魔力供給を止めれば一時的に発動を止めることができるかと」


「それじゃあ、お願い、ミーナ」


「お任せくださいな、お嬢様」


 ミーナが音を紡ぎ、地面を伝って爆弾紋の仕掛けられた一帯の魔力を、自身に誘導する。これで、少しの間、爆弾紋は発動しなくなるらしい。

 数分後、リカルド様がその場所を踏み越えたときも爆発することはなかった。


 さらに進むと、瓦礫の陰から弓を持った魔族が現れたとの報告が入った。

 白高台にかなり多くの魔族が集まり、火矢の雨を降らせようとしているらしい。


「ここからだと、少し遠いな」


 クラウスが言い切る前に、ドレイコが動いた。


 座標さえ分かっていれば、ドレイコの土魔法が輝く。火矢を打たれる前に、遠隔から地形を変形させると、陣形を崩した。

 その間に、私たちはそこへ走り、魔族を片付けた。


「ふぅ……なんとかなったわ、ありがとう、ドレイコ」


「姫様のためとあれば」


 そこからも尾行は続いた。

 そして、城へとたどり着くと、洞窟の中へと入っていった。


「ナディア様」


 ルビアが声を潜めた。


「この先で、大規模な伏兵の気配があります。予想通り、兵舎の魔族たちが大半かと」


「数は?」


「およそ二百」


「この距離で気付かれずに助けるのは無理ね」


 私は仮面越しに目を細めた。


「でも、大丈夫よ。兵舎の魔族たちなら布石があるわ。見守りましょう」


 勇者パーティーの動きに合わせて、事前のマッピングを参考に、ドレイコの土魔法で正解以外の横穴を塞ぎつつ、ついに兵舎の近くへとたどり着いた。


※勇者パーティーvs弱体化二百の魔族、お願い。


 兵舎での戦いが終わると、ついに城の最深部へと続く道へと入っていった。

 炎牢城は、上に行くのではなく、下り続ける城だった。最深部へと続く地下道は、湿った熱気と硫黄の臭気で満ちていた。


「……近いな」


 クラウスが低く呟いた。

 バーンは愉快そうに鼻で笑う。


 私たちは影に紛れ、勇者パーティーの背を追っていた。


「そろそろ、ですわね」


 ミーナが軽やかに呟く。

 彼女の指先は絶えず小さな音を奏で、魔力を探っている。


 地下道にあった多くの罠は、事前の潜入とミーナによる探知によってその多くを解除できていた。

 たまに勇者パーティーが罠を踏むこともあるが、一度それにあたってからは、警戒度もあがり、疲弊は少なくなった。


 その時、ルビアが駆け寄り声を潜めた。


「前方――大広間です。熱源反応が……尋常ではありません」


「……ふぅ、ついにね」


 私は仮面の奥で目を細めた。


 勇者パーティーが到達した先は、巨大な溶岩窟だった。


 頭上の天井は赤熱し、岩盤の隙間から熔けた炎が滴り落ちる。

 中央には、黒鉄の玉座のような岩塊があり――そこに、巨躯の魔族が腰を掛けていた。


 炎を纏う全身、獣のごとき角、そして紅蓮の瞳。

 魔王軍四天王の一人――炎牢ファルネウス。


「……勇者リカルド・エンブリオ、数日ぶりだな」


 ファルネウスの声が、洞窟全体を震わせる。


「我が居城で、決着を付けよう」


 リカルド様は剣を構え、仲間たちもそれに合わせる。

 その姿に、私は思わず息を呑んだ。


 勇者パーティーが結束して戦おうとする光景。そこに私はいないが、それでも影から彼らを見守ることはできる。


「ナディア様」


 ヴェル爺が小声で囁く。


「手を出してはなりませぬ。これは彼らの戦い」


「でも……!」


 思わず声を荒げそうになるのを、必死で押しとどめた。


 ――信じなければ。


 私が推すリカルド様は、誰よりも強い勇者なのだ。

 推しのことを信じないで、何が推し活か。


「そうね……、信じて待つわ」

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