17.「炎牢城」

 炎牢城とリカルド様たちの野営する山麓を一望できる崖上で、私は点呼をとった。


「準備はできているわね?ここからは寝る暇もないわよ」


 私は低く声をかけた。


「問題なし」


 クラウスが頷く。


「そもそも寝れねぇ身体ってもんよ」

「そうそう!」

「夜のうちにやっちゃいましょう」


「元気いっぱいみたいね」


 炎牢城は、火山の斜面に直接築かれた巨大な城塞だ。外壁は溶岩のように不気味に輝き、外郭の塔には常に松明と監視兵が配備され、魔族たちの低い唸り声が夜気に混じって響く。

 普通の城とは違い、入り口は門ではなく、牙のように突き出した二本の岩柱の間に広がる洞窟口らしきところ。


「それじゃあ——」


 私たちの任務は、この城に潜入し、内部の兵力配置と指揮官の位置を把握すること。そして、リカルド様が真正面から攻め込むその前に、出来る限り守りの体制を整えておくこと。


「行くわよ」


 そう小さく呟くと、足音を立てないように、崖沿いを下りていく。 

 事前の情報を聞く限り、他に入れそうな裏口は無かった。


(地下道ならあるかもみたいなことは言っていたけれど、そこから入るのはそれはそれでバレそうだし……)


 正面は避けたかったけれど、今回ばっかりは仕方がない。


 そうこうしているうちに、炎牢城間近までやってきた。

 

「ヴェル爺、お願い」


「了解じゃ、【存在隠蔽シェイドカバー】」


 敵に姿が映ってしまう私含めた数人は、仮面やローブを身に着け、ヴェル爺の魔法との併用で完全に姿を隠す。


 これで、こちらから攻撃しない限りは、そうそう見破れることはない。


「ありがとう」


「どういたしましてじゃ、では行きましょうぞ」


 炎牢城前にあった陣地をメモし、時には死霊を配置しながら、道を進んだ。


 やがて、外壁にたどり着く。間近で見る炎牢城の壁は、高さ三十メートルはあろうかという巨壁だった。

 壁伝えに、入口へと向かった。


 少しすると目の前には大きな結界が現れる。


「ミーナ、結界の解析できる?」


「もちろんですわ、【誘揺魔奏サイレントハープ】」


 ミーナが琴を取り出す。そして、出来る限りの優しい音で、自然の環境音に紛れるように静かに繊細に弾いた。


「侵入防止のための魔力感知の層があるみたいですわ。これくらいなら、三十秒で穴を開けられます」


「中に入ってしまえば感知はされない?」


「ええ、されませんわ」


「それじゃ合図に合わせて……3,2,1」


 ミーナの指が動く。


「今ですわ」


 私たちは一列になり、中へと進んでいった。


 内部は、迷路のように入り組んだ洞窟だった。壁にはところどころに魔石が埋め込まれ、赤や橙の淡い光を放っている。


(本当にバレてないのよね)


 何気にこのような潜入は初めての経験だった。

 道中に出くわす魔族の数も増え、密度も多くなった。


「このままいけば、兵舎に行けるはずだ」


 メディアが調査してくれた内容をまとめた地図を、クラウスが広げる。


「う~ん、リカルド様が入ったときに、最初に脅威なり得るわね」


「おそらく、戦闘部隊を多めに配置しておきますか?」


 兵舎の前まで来て覗き込むと、広間には百ほどの魔族が食事をとっていた。赤黒いスープと硬そうな岩石のようなもの。

 壁際には槍と剣がずらりと並び、その奥には大砲用の弾薬箱も見えた。


「それもいいけど、直接戦うのはバレるリスクがあるわ。仕込みをしておきましょう」


「毒か、それとも罠か?」


「今手元にあるのは弱化の薬ね、効くかは分からないけれど……体内の魔力運動を阻害できるわ」


 そう言うと、私たちは兵舎の裏手へとさらに進んだ。

 岩を削って作られた通路を進むと、大きな貯蔵庫があった。壁際には干からびた獣肉が吊るされ、樽には赤黒い酒が詰められている。


「……これなら怪しまれずに混ぜられるわ」


 酒樽を慎重に開くと、毒を樽の中に溶け込ませる。


「飲んでくれればだけれど、明日の戦闘時には動きが鈍くなるはずよ」


 私は微笑んだ。

 次は、兵舎のさらに奥――指揮所らしき場所に辿り着いた。

 そこには一枚の巨大な石板が据え付けられ、炎牢領全域の地図が刻まれている。


「これは……」


 私は思わず息を呑む。

 地図には炎牢城を中心に、地図があった。


「地図を写します。少々お待ちを」


 クラウスの言葉に、私は頷き、手早く羊皮紙を彼に渡す。

 その間も、魔族の足音や会話音が途切れることなく続いていた。


 クラウスが羊皮紙に魔力を注ぎ込み、石板の地図をなぞる。

 淡い光が走り、正確な線が転写されていく。


「【刻写符コピー・ルーン】……よし、これで全て把握できた」


 クラウスが低く告げた。


(これだけの規模……。正面から攻めれば、リカルド様たちがどれほど強くても、確実に消耗するわ。他にも行かないといけないところもあるみたいだし……)


 私は胸中で呟き、唇を噛む。

 だが同時に、だからこそ私たちが先に動く意味がある、とも思った。


「ナディア様、別の書類もあります」


 ルビアが差し出したのは、机の上に無造作に置かれていた戦況報告書だった。

 そこには、各戦線の状況が細かく記されていた。


 北方戦線――氷牢軍残党をまとめ放棄。

 北西戦線——黒牢軍の攻勢開始。

 西方戦線――リアルテイ要塞突破できず。

 南方戦線――白牢軍の攻勢開始。


「……これって、他の戦線危ないんじゃ」


 思わず零れた私の声に、クラウスが冷静に言葉を返す。


「各地に散らばっている監視部隊によれば、未だ持ちこたえているという話です。どうやら、リアルテイ要塞の勝利によって王国軍が奮い立っていると。


「……でも、過度な期待は出来ないわ。今は良くても、数の差は」


「はい、だからこそ、勇者様と共にこの城を落とす。それにより、もう一度希望を照らし、助けに向かうのです」


「その通りだわ、クラウス」


 指揮所を離れ、私たちはさらに奥へと進む。

 洞窟の通路はさらに熱気を帯び、壁の魔石が赤黒く脈打つように光っている。


「警戒を」


 クラウスが囁く。


 その直後、前方から二体の魔族が姿を現した。

 背に黒い翼を生やし、片手には槍を持っている。


「門番か……」


 避けることはできない。


「バレずにいける? ドレイコ」


「姫様の命であれば」


「じゃあ、クラウスは右を、ドレイコは左の魔族をお願い」


「ははっ」


 次の瞬間、クラウスの【瘴音撹乱フォグ・サイレント】が広がり、魔族たちの目と口を覆った。


「ぐ……あ……」


 そして、ドレイコとクラウスの剣によって二体の体が崩れ落ちる。

 【瘴音撹乱フォグ・サイレント】は音を吸い込み姿も隠す霧だ。周りに他の魔族が居ないこともあってか、バレずに倒すことができた。


「よし、進むわよ」


 そうして、時間は過ぎていく。


 

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