若いころにキョーミありません!!

なんか井伊勘司

第一話 月とオタクと太陽

「明日公開の映画・『いい感じにマイヒーロー』。主人公・井伊怜太役の藤野山人さん、井伊怜太の相棒・比呂勘司役の幾山神治いくやまかんじさんに―――」

「録画してるんだから、早くご飯食べちゃいなさい!!」

お母さんの言葉に、私は慌てて卵かけご飯をかきこむ。

ニュースのカルチャーコーナーに出ている幾山神治その人こそ、私の大好きな、大好きな推しだ。

御年54歳、毛量はいまだ健在で、髪は少し白髪交じりでふんわり七三に分けられている。世の中のおじさんの大半がつけている(と勝手に思っている)上半分だけフレームがちゃんとあるタイプの角丸メガネ。

「今日スーツだし~~~~!?!?」

ネイビーのスーツ似合いすぎね……?目玉焼きのネクタイピンそれどこに売ってるんだよ、ちょっと教えてくれよ。

「ビデオの容量も少ないのに頑張るなあ、うちの録画機能。」

血走る私をまるで見ていないかのように、お父さんが新聞を読みながらコーヒーをすすった。

「今回は僕と同じ名前の役柄ということもあって、ちょっと勘司さんには親近感ありましたね。」

笑っておられる……。口角ほぼほぼ上がってないけどあれは笑っているんだよ!!!

そう、例えるなら、夜を優しく照らす白いお月様。

「今回は、そんなお二人に『俺たちのいい感じだった出来事』について」

雪穂ゆきほ!!!!」

お母さんにいい加減名前を呼ばれ、私は慌てて家を出た。

メガネをかけなおして、なんとなく髪を手で整えながら歩く。

新稲あらいねさんとこの娘さんじゃない、おはよう。」

お隣さんが挨拶をしてくれる。

「おはようございます!」

ここのお隣さんが、雰囲気神治さんに似ててほんとにイケオジなんだよね。

会うときは絶対マスクしてるし、全然雰囲気だけで普通の可能性もあるにはあるんだけど……。隣人にまで過度な期待は良くないよ、私。マジで、いつか捕まる。

「今出て時間大丈夫?」

お隣さんが腕時計を見て苦笑する。

「あ、やばい!」

私は、挨拶もそこそこにその場を後にした。

「なんだ……今日遅いんだ……。」

何とかバスに間に合ったのに、渋滞かなにかで時間になってもバスが来ない。息を整えつつ待っている間、スマホにDMが飛んできた。

{今朝のニュース見ました!?神治さん、めちゃかわいかったですね!!}

ミミみ子さんだ。かれこれもう二年近く仲良くしている推し活仲間。ちなみに、息子さんがいる。……私よりは年下らしいけど、多分あれは高校生だと思う。スーパーでパートさんをしているから、朝も結構連絡をくれたりする。

こういうおじさんを推していると必然的にファン層もそりゃ年齢層が上で、しかも昔から好きな人が多い。普通に私が生まれる前から活動しているので、私が知らないことも知っている。

{カンジ時代のこと聞けて超よかったです}

ミミみ子さんからの追いDM。

私が知らないこととはまさにそのカンジ時代の話。神治さんはその昔、カンジという名義で音楽活動をしていたらしいのだ。もちろん、今も俳優職が強いだけで、たまーに音楽番組にも出ていたりするのだが、私はこのカンジ時代がほぼなにも分からない。ネットで調べても、出てくるのは、今は廃刊になってバックナンバーがあり得ないくらい高値が付いた音楽雑誌の画質の終わった写真。それから、もういつのなんなんだよってくらいのピクセル数のむかっっっしのインタビュー映像とか。

インターネットのない時代ってなんて難しいんだ。といつも思う。この当時のオタクの皆様、どうやって推し活してたん?

一応、もう一回『幾山神治 カンジ』と検索する。

「ぐわっ………。」

毎回、調べるたびに目を瞑る。ギラギラすぎる……。

まず髪の色が限りなく赤に近い茶。で、その赤茶の髪を肩より少し先まで伸ばして、たぶんゆるくパーマをかけてて、何より眼力がすごい。アイラインか何かを引いているのかこれ以上ない目の大きさに、おそらくカラーコンタクトで黒目の部分が赤い。着ているのはスーツじゃない。やたらと胸元の空いた黒ニット。

「どうしてこれが、約40年するとあんな私好みになるんだ……。」

年の功……いや、意味が違うか。

とりあえず、ミミみ子さんに返信するために検索タブを閉じる。

「お客さん、乗られないんですかー?」

バスの運転手さんに呼ばれて、慌ててバスに乗り込む。

バスステップに足をかけたとき、

「うわっ。」

足を滑らして、私は目の前の手すりに勢いよく額をぶつけた。

ゴチン!!!!




「君、大丈夫?」

「……すみませ、」

……頭痛い。物理的に。

パーッ!という甲高い車のクラクション。

急に入り込んできたきつい排気ガスの臭いに、せき込んで目を開けた。

あれ、バスの中じゃない……?

「ぎゃあ!!!!」

目がやられる赤の光。太陽の光か!?

「ごめん☆びっくりしちゃった?」

メガネをかけ直して、目の前をちゃんと見ると、それは男で。

「……マジか。」

さっき見た赤の光は赤に近い茶髪。で、その赤茶の髪を肩より少し先まで伸ばして、ゆるくパーマがかかっている。アイラインを引いたカラコン由来の赤い目。唯一、見ていた写真と違うところがあるとすれば、着ているのがペンキをぶちまけたみたいなチカチカした色のぶかぶかYシャツであること。

目の前に、さっきまで一方的に(写真で)見ていた男・カンジがしゃがんでいた。

辺りを見回すと、何故かバスは忽然を姿を消していた。制服のスカートに、絶対帰ったら怒られるであろうしわがついているところを見るに、私は道に倒れこんでいたのだと察する。

「あ、僕のこと知ってる感じ?」

アナログテレビ時代のインタビュー映像で聴いた声そのまんまの、口を横に開いて常に笑っているような乾いたしゃべり方。今の神治さんと真逆でびっくりした記憶がある。

「あ、え、まあ、えっと……。」

「ファンの子かな?」

ファンの子……。いや、そうです。現代のあなたがでる映画の番宣だけのために、ニュース録画してるタイプのこまごましたファンです。でも、あくまでそれは、54歳の、たま~~に微笑んでくれる、幾山神治のことで。

「ん?」

こんな見た目のドギツイ小童なんて一ミリも興味がない!!!!!!!!

思わず勢いで立ち上がる。

あたりを見回すと、恐ろしい現象が起きていることに気づいてしまった。

通り過ぎる人が、誰もスマホを持っていない。

それに、道行く車も尋常じゃない排気ガスをはきだしている。

「ねえ、ファンの子なら、サインとかあげよっか?」

頭を抱えたくなる事実にたどり着こうとしたとき、男が遮るように話しかけてくる。なんなら立ち上がってちゃっかり距離を縮めてくる。

現代でそれ言ってくれたら全然もう、めちゃくちゃ手震えながら、サイン色紙提出してましたけど。

「さ、サインの前に聞きたいことがあります。」

私は、カンジ(と思しき男)に一歩近づいた。

「プライベートな質問は難しいけど……。まあいいよ。」

プライベートとかそんなことを聞いている暇はない。

「今の年、日付、ここはどこで、あなたは誰でいくつなのか。教えてください。」

私の質問に、10秒くらい考え込んだ後、よどみなく答える。

「1989年・平成元年。5月10日。ここは日本の東京で、僕はカンジって名前で歌手をしてる18歳。」

1989年。今から、…………36年前だ。

私は目の前の男を、カンジを、形式的に見つめ返して、そして。

「タイムスリップ……。」

ため息のように言葉を吐き出した。



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