第2話 受験ストレスとマッサージの申し出

 午後の授業中、和樹は時折、前の席に座る咲良の様子を伺っていた。集中して板書を写しているかと思えば、時折、大きく伸びをして肩を回したり、首をゆっくりと傾げたりする。そのたびに、制服のブラウスの薄い生地が、彼女の肩甲骨の動きに合わせてぴたりと張り付き、その下の身体のラインをわずかに浮かび上がらせた。和樹は、先日のハグで感じた柔らかい感触を思い出し、胸の奥がざわつくのを感じた。受験が近づくにつれて、咲良の肩こりは以前にも増してひどくなっているようだ。彼女が時折見せる眉間のシわが、その苦痛を物語っていた。


 放課後、咲良は机に突っ伏したまま、呻き声を上げた。

 「あああ、もう無理。肩が、首が、ガチガチ……脳みそまで固まりそう」

 その声に、周りにいた佐々木梓、高橋梨花、小林遥、山本結衣、伊藤楓といった友人たちが心配そうに顔を覗き込む。

 「咲良、大丈夫?やっぱり肩こり酷いんだね」と佐々木梓が言った。

 「書道で姿勢悪いから、余計に凝るんだよ」と小林遥が続ける。

 咲良は、ゆっくりと顔を上げ、和樹の方をチラリと見た。その目には、いつもの快活さの中に、わずかな切実さが宿っているように見えた。

 「ねえ、和樹」

 不意に名前を呼ばれ、和樹は読んでいた参考書から顔を上げた。

 「ん?どうかした?」

 咲良は少し頬を緩め、からかうような口調で言った。

 「和樹ってさ、ほら、1年の時にバレー部で故障した時、自分でストレッチとかマッサージとか、色々調べてたでしょ?すごく詳しかったよね」

 和樹は、まさかその話が出てくるとは思わず、少し面食らった。あの頃は、部活に復帰するため必死だったから、ひたすら身体のケアについて調べていたのは事実だ。

 「まあ、多少はな。なんで急に?」

 和樹が問い返すと、咲良はにこやかながらも真剣な顔で言った。

 「だからさ、私のこのガチガチの肩をどうにかしてくれないかなって。和樹のマッサージ、試してみたいんだけど」

 友人たちも「おー、和樹、咲良専属マッサージ師か!」「いいじゃん、和樹にやってもらえば?」と囃し立てた。

 咲良はクスッと笑い、さらに畳み掛ける。

 「それに、和樹なら安心して任せられるし。あんた、私のこと好きだってクラス中にバレてるんだから、まさか私の同意なしに変なことするわけないでしょ?」

 その言葉に、和樹の顔は一瞬で熱くなった。咲良は冗談めかして言っているが、彼の片思いが周囲に知られていることを、こうもあっけらかんと言われるのはやはり恥ずかしい。同時に、彼女の口から「安心して任せられる」という言葉が出たこと、そしてその上で自分にマッサージを頼もうとしていることに、得体の知れない期待が胸に広がる。

 「え、いや、俺でいいのか?」

 和樹が戸惑いながら尋ねると、咲良は当然だ、とばかりに頷いた。

 「和樹がいいの。ね、お願い。今日の放課後、図書室でちょっとだけ。誰もいないところで」

 「わ、わかった。いいよ」

 和樹は、咲良の真剣な眼差しと、その言葉の響きに抗えず、反射的に頷いていた。彼女の身体に触れる機会。それは、和樹にとって、長年報われてこなかった片思いに、ようやく一筋の光が差し込んだ瞬間のように思えた。

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