第3話 初めての制服越しマッサージ

 放課後、和樹はそわそわしながら、咲良が席を立つ気配を待っていた。昼休みにマッサージを頼まれた時、反射的に頷いてしまったが、改めて考えると、その内容は和樹の胸を大きくざわつかせるものだった。咲良の身体に触れる。これまで想像することしかできなかったその行為が、現実となる。期待と緊張が入り混じり、和樹は参考書に目を落としながらも、まったく内容が頭に入ってこなかった。


 「和樹、行こ」

 不意に、咲良の声が耳元に届いた。顔を上げると、彼女はすでに荷物をまとめ終え、和樹の席の横に立っていた。友人の女子たちは、興味深そうにこちらを見ている。

 「あ、ああ、うん」

 和樹は慌てて参考書を閉じ、鞄に詰め込んだ。

 「図書室、人が少ないといいけど」と咲良が小声で呟いた。

 二人は教室を出て、人気のない廊下を歩いた。放課後の校舎は、部活動の生徒たちの声や、教師の指示が遠くから聞こえるだけで、昼間の喧騒はどこかへ消え去っていた。その静けさが、和樹の心臓の音を一層大きく響かせた。


 図書室は、予想通り数人の生徒がいるだけで、奥の方の書架の陰はほとんど人目がない。二人は一番奥の書架の間の、背の低い本棚が並ぶ場所に辿り着いた。普段、和樹が自習でよく利用する場所だったが、今日ばかりは別の意味で緊張感が漂っていた。

 「ここなら、誰も来ないでしょ」

 咲良はそう言って、壁に背をもたれるように立った。和樹も彼女の向かいに立つ。

 「じゃあ、肩と首でいいんだな?」

 和樹が問うと、咲良は小さく頷いた。

 「うん。制服の上からでいいから。あ、でも、ここ、ちょっと硬いかな」

 咲良はそう言って、ブレザーの襟元に手をやった。そして、一番上のボタンを外し、ブラウスの首元を少しだけ緩める。その僅かな仕草で、白いブラウスの下の、淡い色のインナーウェアの縁がちらりと見えた。和樹の視線が、そこに吸い寄せられる。咲良はそれに気づいた様子もなく、目を閉じ、大きく息を吐いた。


 和樹は深呼吸をし、落ち着いてから両手を咲良の肩に置いた。制服の生地越しに、咲良の肩の筋肉の張りが伝わってくる。想像していたよりもずっと硬く、こり固まっているのがわかった。

 「思ったより凝ってるな」

 和樹が呟くと、咲良は目を開けずに「でしょ?もう、石みたいなんだから」と答えた。

 和樹は、ゆっくりと指先に力を込めて、肩の盛り上がった部分を揉みほぐし始めた。最初は硬かった筋肉が、少しずつ熱を帯び、やわらかくなっていく。彼の指が肩から首筋へと移動すると、咲良の口から微かな吐息が漏れた。

 「ん……そこ、気持ちいい」

 その言葉に、和樹の胸がまた高鳴る。マッサージの技術に集中しようと努めるが、目の前には咲良の、リラックスして微かに上を向いた顔、そして制服越しとはいえ、すぐそこにある彼女の身体がある。シャンプーの甘い香りが、再び和樹の鼻腔をくすぐり、彼の意識を乱した。


 「和樹、ほんと詳しいんだね。もっと強くてもいいよ」

 咲良はそう言って、さらに身体の力を抜いた。和樹は言われた通りに少し力を加える。和樹の指が首の付け根から肩甲骨の上縁を辿るように動くと、咲良の身体が小さく震えた。それは、気持ちよさからくる震えだと信じたかった。


 数分間、和樹は黙々とマッサージを続けた。咲良はすっかり気持ちよさそうな顔で、目をつむったまま微動だにしない。彼女の呼吸が、和樹の耳に心地よく響く。

 「どうだ?少しは楽になったか?」

 和樹が声をかけると、咲良はゆっくりと目を開け、大きく伸びをした。

 「うん、すごく楽になった!和樹、本当にすごいね。肩が軽くなった気がする」

 彼女は振り返り、満面の笑みで和樹を見上げた。その笑顔に、和樹は心の奥底で安堵と喜びを感じた。同時に、「便利」という言葉を飲み込み、別の感情が芽生え始めたのを感じていた。

 「また、お願いしてもいいかな?」

 咲良はそう言って、和樹の目を見つめた。和樹は、その瞳の奥に、感謝とは違う、何かもっと深い期待のようなものを見た気がした。


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