第28話 評議会の影
影牙衆の襲撃から一夜明けたエルフの里には、まだ深い爪痕が残っていた。
倒された木々や荒れた地面は前日の激しい攻防を物語っている。
衛兵たちは警戒を緩めず、ラーンは里の復旧と厳重な警備体制の指示を出していた。
ゼフィラはイリスの介抱を受け、深い眠りについている。
ガレンとフェリックス、そしてリーファとバルドは再びラーンの元に集まっていた。
捕らえた影牙衆の手下からは何も聞き出せず、ライアットの目的も未だ謎のままだ。
しかし、里をこれ以上危険に晒すわけにはいかない。
「ラーン殿、申し訳ございません。里に多大なご迷惑をおかけしました。これ以上我々が里に留まるわけにはいきません」
フェリックスが頭を下げて告げた。
ラーンは静かに頷く。
「当然の判断だ。エルフの里は中立を旨とする。これ以上争いの火種を持ち込まれるわけにはいかない」
ラーンの声には昨日の激しい怒りの痕跡が残っていた。
彼の表情から、これ以上ここにいることは里にとっての脅威でしかないとガレンたちも理解した。
「リーファ殿、バルド殿。貴方たちにはここに残ってください。私たちについてきたら危険です。これ以上君たちを巻き込むわけにはいきません」
フェリックスの言葉にリーファは食い下がろうとしたが、バルドがそっと肩に手を置いた。
「彼の言う通りだリーファ。私たちがここに残ってこの里が平穏を取り戻す手助けをするのが最善だ」
リーファは悔しそうに唇を噛んだが、最終的には頷いた。
別れの挨拶を終え、ガレンは眠っているゼフィラを抱きかかえた。
まだ意識は朦朧としているが、その表情は以前のような恐怖に歪んだものではない。
それを見てガレンは安堵していた。
「行きましょう。逃げ回っていてもずっと追いかけられるだけのようです。ライアットの目的を突き止め、ゼフィラさんを完全に救い出しましょう」
ガレン、フェリックス、そしてゼフィラだけでエルフの里を出た。
***
エルフの里を出て、再び深い森の中へと足を踏み入れた。
高く太い木、木漏れ日、鳥の鳴き声だけが響く森の中に入っていく。
「……」
ゼフィラはガレンに抱えられていたが、目を覚ました。
まだ本調子ではないが、ガレンに抱えられているのが落ち着かなかったので自分で歩くことにした。
歩き始めてすぐゼフィラは空腹感を感じた。
「所長、なんか食べ物持ってね?」
それを聞いてフェリックスは安心した。
食欲が出てきたようで良かったと思いながら、ゼフィラに持っていたサンドイッチを手渡す。
「これくらいしかないですが、どうぞ」
ゼフィラはフェリックスから受け取ったサンドイッチを頬張る。
「美味い」
「食欲が出てきて良かったです」
「ガレンも食う?」
目の前にゼフィラから差し出されたサンドイッチを、ガレンは受け取って無言で口に運んだ。
「世話かけて悪かったな……ガレンが来てくれなかったら……あたしはライアットから逃げられなかった」
不器用ながらもゼフィラはガレンにお礼を言った。
「それは俺が独断でしたことですので……お構いなく」
「それに……あたしがその……ナイフで怪我させちまっただろ? 悪かった」
「大丈夫です。ゼフィラさんが軌道を逸らしてくれたのでそれほど傷も深くありませんでしたし」
恥を忍んで謝罪してもガレンが全く気にしている様子がないことに、ゼフィラは逆に居心地の悪さを感じていた。
気まずそうに顔を逸らすゼフィラをフェリックスは微笑みながら見ていた。
それから数時間、森の中を歩き続けた頃だろうか。
不意に目の前に人影が現れた。
「こんにちは」
それは慌てて隠れるそぶりも見せず、道の真ん中に堂々と立っていた。
白い長衣を身につけ、銀色の髪を持つその人物はまるで待ち構えていたかのようにそこにいた。
「評議会のシラサギ……!」
「はい、シラサギでございます」
丁寧にシラサギはゼフィラたちに頭を下げる。
ガレンは反射的にゼフィラを背に隠し、拳を構えた。
全身の警戒が最高潮に達する。
シラサギは彼らの動きを静かに見つめていたが、攻撃する気配は一切見せない。
その表情は友好的とさえ言えるほど落ち着き払っていた。
「構えないでください。貴方たちと争うつもりはありません」
シラサギは穏やかな声で言った。
その声は森に響く鳥の声のように澄んでいて、全くの敵意を感じない。
しかし、敵意はなくとも悪意は感じる。
「
シラサギの言葉にガレンの警戒は一瞬緩んだ。
ゼフィラたちに混乱の色が見える。
「敵の敵は味方というでしょう? 私たち評議会の敵はライアットです。貴方たちと争う気はありません」
シラサギはさらに続けた。
彼の言葉は、彼らがガレンたちの置かれた状況を正確に把握していることを示していた。その広範な情報網は、里の警報が鳴り響いたことや、ガレンたちの動き、そしてゼフィラの保護まで、全てを把握しているかのようだった。
「ライアットのこと、私が教えて差し上げましょう」
シラサギはそう言って静かに微笑んだ。
ゼフィラが知る以上のライアットの事を知っているのだろうかと、真剣な面持ちでシラサギを見つめる。
「魔石戦争についてはご存じですよね? 以前の王家が滅びたあの魔石戦争です」
「勿論知っています」
「魔石が魔力を増大させることが分かってからは酷いものでしたね。誰もが魔石の奪い合い。王家が魔石を独占しているという噂が流れてからは早かった。あっという間に王家は怒れる民衆に滅ぼされました」
暗い歴史を不気味な笑顔で語るシラサギにフェリックスたちは怪訝な表情をしながら話の続きを待った。
「ライアットは魔石戦争の真の黒幕です」
それを聞いたフェリックスの表情は驚愕で凍り付いた。
目を見開いて絶句する。
歴史の表舞台から消え去った悲劇の真相が、目の前で明かされた事実に彼の頭は真っ白になった。
「彼は幼い頃から恐るべき力を持っていました。そして、彼は嫉妬の精霊ヴァニタスの加護を受けている。その力は人の心を深く蝕み、歪んだ関係を作り出し、最終的には破滅へと導きます」
言葉を続けるシラサギにフェリックスはようやく口を開いて返事をした。
「そんな……魔石戦争が……一人の人間の、それも子供の仕業だったと……!?」
彼の信じていた世界の常識が根底から覆されたようで、その事実を受け入れられない。
ガレンもまたその事実に衝撃を受けていた。
ライアットが単なる裏社会の支配者ではない、人類の歴史を揺るがすほどの存在であるという認識が彼の心に重くのしかかる。
「結果として正の王家の血筋は途絶え、分家の方がその後を治めていますが、ライアットに依頼したのは他でもない分家の方です。嫉妬とは醜いものですね。分家でもいい暮らしはしていたはずなのに、どうして人間は1番とか正統派になりたがるのでしょう。ふふふ」
シラサギの言葉に立て続けにフェリックスは頭を強く殴られたような感覚に陥った。
そのまま黙してシラサギの話の続きを待つ。
「影牙衆は分家の王家からの報酬を資金源とし、裏社会を掌握しようとしています。そしてライアットは今、大量の魔石を集めている。それは単純な富や権力の強化のためではないと思います。私は彼が強力な古代兵器の起動か、あるいは大規模な闇魔法の儀式を画策していると推測しています」
シラサギはヴァニタスの力の恐ろしさを詳細に語り続けた。
その知識はフェリックスが古文書で得たものよりも、さらに具体的で深いものだった。
まるでヴァニタスが引き起こしてきた過去の悲劇を全て見てきたかのようだった。
ゼフィラはライアットに関する新たな情報を聞いているが、難しい事は分からない。
ただ、自分が知っているライアットと何のズレもない様子がシラサギから語られるだけだ。
「どうしますか? 私たちと協力すれば、より早くライアットの野望を阻止できるでしょう。あなた方もライアットから執拗に追い回されて困っているようですし」
シラサギはガレンとフェリックスの反応をじっと見つめていた。
その提案に不安しかない。
白鴉の評議会の真の目的は?
彼らは少しでも信用できるのか?
ゼフィラたちは決断を迫られていた。
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