第27話 攻防
エルフの里に響き渡る警報は平和な森の静寂を打ち破った。
遠くから聞こえる影牙衆の耳障りな笑い声はゼフィラの安堵を打ち砕き、再び恐怖の淵へと引きずり込もうとする。
フェリックスは青ざめた顔で立ち尽くし、ガレンはすぐに警報が鳴り響く方へと向き直った。
「迎撃だ!」
里の衛兵たちの怒号が飛び交い、緊張が走る。
森の向こうから漆黒の装束に身を包んだ影牙衆の手下たちが、獣のような咆哮を上げながら飛び出してきた。
彼らの瞳は血走り、顔には狂気が宿っている。
まるで、ライアット自身の怒りと憎悪が乗り移ったかのような異常な雰囲気をまとっていた。
「ゼフィラさんを安全な場所へ!」
ガレンはイリスとフェリックスに叫び、拳を構えて影牙衆の先頭に躍り出た。
以前の戦いとは違う。
ガレンはライアットとの直接対決を想定して過酷な訓練を積んできた。
その成果が今、この場で発揮された。
影牙衆の手下たちは予測不能な動きで襲いかかってくるが、ガレンの技はそれらを的確に
無駄のない動きと的確な判断力は、短期間で彼がどれだけ自身を鍛え上げたかを物語っていた。
彼の拳は狂気を宿す手下たちの攻撃をいなし、次々と地面に叩き伏せていく。
バルドもまた、持ち前の怪力と体術で影牙衆を蹴散らす。
リーファは後方から魔法で援護し、エルフの衛兵たちと共に連携して防衛線を築いた。
そしてフェリックスもまた、静かに杖を構えていた。
彼は直接戦闘は不得手だが補助魔法や妨害魔法の専門家だ。
「ゼフィラ、もう少し奥へ。イリスさんお願いします!」
フェリックスはゼフィラの安全を確認し、里の衛兵と連携しながらその魔力を解放し始めた。
彼から放たれるのは影牙衆の視界を遮る幻惑の霧や、足元を絡め取る拘束の蔓。
狂気に囚われた影牙衆はこれらの魔法に惑わされ、互いにぶつかり合ったり動きを鈍らせたりする。
「彼らは痛覚が麻痺している可能性が高い。物理的な打撃だけでは時間を稼ぐのが難しいかもしれません!」
フェリックスは戦況を冷静に分析し、叫んだ。
彼は影牙衆の異常な行動から、ライアットのヴァニタスの支配が肉体にまで影響を及ぼしている可能性を察知したのだ。
彼の支援があることでガレンたちはより効率的に敵を無力化できる。
しかし影牙衆の数は多く、その攻撃は執拗だった。
里の木々は魔法で
その激しい戦闘の音はゼフィラの耳にも届いていた。
薬が抜け、いくらか正気を取り戻した彼女の視界には狂気に満ちた影牙衆の手下たちが映る。
彼らの目つき、その異常な攻撃性――――……それはかつての自分とあまりに酷似していた。
「…………」
ゼフィラの身体は震えた。
ライアットの命令に盲従していた日々を鮮明に思い出す。
あの時、自分も彼らと同じく正気を失った目をしていたのではないか。
その恐ろしい事実に直面し、ゼフィラの顔から血の気が引いていく。
自分がどれだけ歪んだ状態だったのかを自覚すると吐き気がこみ上げてきた。
同時に自分を必死に守ろうと戦うガレンの姿が、彼女の目に焼き付いた。
ガレンの行動はライアットとは全く違う。
確かな暖かさがある。
慣れない感情がゼフィラに芽生える。
今まで自分を守って戦ってくれる人なんていなかった。
ライアットはどれだけ危険な場所でもゼフィラを向かわせた。
それは信頼を置いているからという言い方をすれば綺麗かもしれないが、ライアットはゼフィラの為に戦ったことは殆どない。
彼女の胸の奥でガレンに対し、微かな温かい何かが芽生え始めていた。
戦闘が少し続いたその時、里の奥から激しい怒気を纏ったラーンが現れた。
彼の顔は里の平穏を踏みにじられた怒りで紅潮している。
「神聖な森を
ラーンは高く杖を掲げると、その身から膨大な魔力を放った。
里全体を覆うかのような光が天空に広がり、次の瞬間、無数の光の矢となって影牙衆の手下たちへと降り注ぐ。
それは一点に集中するのではなく、広範囲に敵を無力化する全体範囲魔法攻撃だった。
光の雨が降り注ぐと
彼らは致命傷を負うことなくその場に崩れ落ち、動かなくなった。
「可能な限り生け捕りにしろ!」
ラーンの指示を受け、衛兵たちが倒れた影牙衆を拘束し始める。
ガレンたちも戦いを止め、ラーンの元へ駆け寄った。
「ラーン殿、ご無事ですか!」
「この程度造作もない事。やはり影牙衆がきた。厄介ごとを持ち込んでくれたな」
「申し訳ございません……」
ラーンの視線の先には、かろうじて意識を保ち、地面にうつ伏せになった影牙衆の一人がいた。
彼はこの里までガレンたちを追跡してきた部隊の隊長格のようだった。
ラーンは冷厳な表情でその男に歩み寄る。
衛兵たちが男の体を強力な茨の魔法で拘束するが、男は苦悶の表情を浮かべながらも、まるで痛みを感じないかのように暴れ狂った。
茨に皮膚が切り裂かれて大量に出血する。
「あああああああああああ!!!」
その瞳には理性のかけらもなく、ただ狂気と憎悪が燃え盛っていた。
「貴様ら、あの女に何故そこまで執着する? 女の一人捨て置けばよかろう」
ラーンの声は静かだが、その背後にはエルフの長の絶対的な威厳が宿っていた。
捕らえられた影牙衆の手下はラーンの問いかけにも反応しない。
彼の口から漏れるのは意味不明な唸り声と、ライアットの名を賛美するような独り言だけだ。
「殺す! 許さない! 絶対服従だ!」
彼の意識は、完全に「怒り」と「嫉妬」「攻撃性」「忠誠心」に支配され、尋問に応じるための理性的なものは残っていなかった。
この状態はゼフィラの管理されていた状態よりもずっと悪い。
完全に使い捨てにされる駒としてライアットに支配されている。
「これでは……何も聞き出せないか……」
フェリックスが眉をひそめ、捕らえられた男の異常な状態を見つめた。
彼の頭の中では古文書の知識が駆け巡る。
ヴァニタスが精神を深く蝕むことは知っていたが、ここまでとは。
肉体的な痛覚すら麻痺させるほどの支配は通常の魔法や薬物ではありえない。
ライアットの力が想像していた以上に根深く、悪質であることを再認識させられた。
「イリスさん、彼を癒せますか? 精神を安定させることは……」
フェリックスは望み薄だと知りながらもイリスに問いかけた。
イリスはその男の瞳をじっと見つめた後、静かに首を横に振った。
「私の癒しの魔法は、純粋な魂の持ち主にしか真の効果を発揮しません。彼の魂は、深い憎悪と狂気に染まっています。この穢れは通常の癒しでは取り除けません」
イリスの言葉にフェリックスは絶望に似た感情を覚えた。
ライアットの目的もこの異常な支配を解く方法も、依然として謎に包まれている。
手に入れた情報はライアットの恐ろしさを際立たせるばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます