エピローグ、、「風の通り道」

ある日、町田の丘の上で風が鳴いた。

それは悲しみではなかった。

ただ、過ぎた日々がそっと振り返るような、静かな音だった。



ベンチに腰かけて、私は空を見上げる。


雲が流れていくのを眺めながら、かつての“檻”のような日々を思い出していた。

LOOPという名前の建物。

閉じられた扉、重い空気、そして、声にならなかった叫び。

あそこには「出口」がなかった。

でも今ならわかる。

あの場所には、“私が出口にならなきゃいけない”人がいっぱいいたのだ。



風に紛れて、誰かの笑い声が遠くから聞こえる。

それは現実だ。

町田の地面は、確かに“生きている”。


人が歩いて、笑って、泣いて、すれ違って、また戻ってくる。

そんな日々の上に、私はいる。

透明ではない私が。



あの夜、LOOPの廊下に響いたもう一つの足音。

あれは、きっと今でもどこかで誰かと並んでいる。

その誰かにとって、私が「道しるべ」になれるなら、

左入町の記憶にも、意味があったのだと思える。


生きるとは、物語を持ち歩くことだ。

誰に読まれなくても、誰かを照らすかもしれない物語を。

私はそれを胸にしまって、風が通り過ぎるのを待った。



今日もまた、静かに、世界が動いている。







END

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絶望の住民票 べすこ @minota0212

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