第16話 「続きの町で」

― 終わらない物語の、静かな頁 ―


町田の朝は、妙に“始まって”いる気がした。

目覚めたとき、知らない物語の続きを読まされているような違和感。

すべてが自分の意思で始まったわけではない、でも、巻き込まれていることには気づいている。


芹が谷公園を歩いていたとき、低い声が風に混じって聞こえた。

「ここじゃないよ……まだ、続くよ……」

空耳だろうか。

ふと横を見ると、子どもたちが手をつないで輪を作っていた。無言で、じっとこちらを見ていた。

背筋に、湿った風が通り抜けた。



忠生公園では、ベンチに座る老婆が一人。

薄く笑いながら、なにかを口ずさんでいた。

「鏡のむこうは、逆さまの町……あの子はもう、戻れないの……」


“町田の結界”という言葉が、再び脳裏に浮かぶ。

この土地は“保護”のためだけに存在するのではなく、“観察”もしているのではないか。

見えない目が、古い木々の隙間から覗いているような気配。

誰かがここを選ばされたのだとしたら、何のため?



その夜、夢を見た。

LOOPの建物が崩れ、その下から無数の鏡が現れる。

鏡の中には自分ではない「自分」が映っていた。

どれも疲れた顔をして、私に「おかえり」と言った。

起きた時、窓の外でカラスが一斉に飛び立った。

その羽音は、鼓膜ではなく、心を揺らした。


町田に移ってからも、奇妙なことは少しずつ続いている。

例えば、買ってもいないはずの品が冷蔵庫に入っていたり、

隣人の気配があるのに姿を見たことがなかったり、

郵便受けに白紙の封筒だけが入っていたり。



それでも、左入町とは違う。

違和感は“恐怖”に変わらない。

ここには「終わらせる力」があるのかもしれない。

いや、「浄化のための試練」と言った方が近い。



町田の町は、静かに人を抱える。

その腕の中で私は、自分が何を背負っていたのか、ようやく向き合える気がしていた。


夜、空を見上げると、薄く三日月が笑っていた。

「ここは、続きの町」

声にならない声が、胸の奥でそう告げた。








つづく

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