第31話 さえずりを こぼさじと抱く ④

 あれだけ気が重かった全体練習も、矢の如く日数を重ね四日目を迎える。


 四月二十八日の金曜日。大会前日。

 いつもの市民体育館にて基礎練習を終え、フォーメーションの最終確認を取っていた。

 主に各自のポジション取り。バレーボールは相手からサーブ権を奪った時に、1つずつ時計回りにポジションを移動しなければならない。

 とはいってもその通りに行動しなければならないのはサーブとサーブカットの時だけ。


 サーブを打ち終わる、もしくは相手からのサーブを受けた後は細かいルールの下である程度好きに動くことが出来る。チーム内で定めたそれぞれのポジションに素早く戻り、プレーを続けるのだ。

 経験者でも時々ややこしく思うルールだけど、ここを誤ると相手に点数を取られてしまう。


 その確認作業に取り掛かる。とはいっても、頻繁にサーブ権が行き来することは恐らくない。

 私たちの対戦校はどうやらそこそこの強豪校らしい。

 殆どこちらにサーブ権を渡すことなく、連続得点を重ねるだろう。

 とはいえ相手のミスや偶然で何点かは取れるだろうし、一応の確認だ。

 チームとして定めたポジションとして、私はセッターに任命されていた。

 スパイカーが打ちやすいトスを上げる重要な役目。正直明らかに力不足だけど、このチーム内なら確かに私がやる他なさそうだ。


 そして一般的にエースとされる、コートの左側から攻撃するウイングスパイカーは先輩が担当する。

 これは何一つ文句の無い配置だ。トスを上げる私とそれを打つ先輩の仲が破綻していることを除けばだけど。


「かぽりん、頑張ろうぜい」

「荷が重いっす……」


 嘆息している夏帆と、その肩をバシバシと叩く柴田先輩はミドルブロッカー。

 チームの中央に位置して、ブロックの要となる。

 チーム一の長身である柴田先輩はポジション的にピッタリ。

 ローテーションの関係で柴田先輩が後衛に回った時は、運動神経も身長もそこそこ高い夏帆が代わりに前衛でその役目を担わなければならない。

 本人は悲観しているけど、個人的には適任だと思う。


「このローテーションシステムが面倒よね」

「それな」


 先輩と対になるウイングスパイカーは丹羽先輩。先輩が後衛に移動した後に攻撃の要となる、所謂裏エースというやつだ。

 そして私の対角になるのが二年生の佐久間先輩。オポジット。といわれるポジション。コートの右側での攻撃を専門とし、時にはセッターの代わりも務める何でも屋……と言えば聞こえはいいけど、私たちのような弱小校では一番パッとしない選手があてがわれることが多い。

 ちなみに中学時代の私はそのポジションだった。


 最終日は各自のポジションを確認しながら、残った前田先輩と滝川先輩にサーブを打ち込んで貰い、誰かがレシーブをして私がトスを上げてスパイカーがそれを打つという仕上げの練習に終始した。

 仕上げも何も、付け焼刃でしかないけれど。


「よーし、終わり!お疲れお疲れ!」


 柴田先輩の雑な号令で練習が終わる。

 早く明日の本番も終わればいいのに。

 まあ、最初に予期していたよりは悪くない時間だった。

 バレーボールそのものは何だかんだ好きなんだろうな。と自分を再発見しながらボールやネットを協力しながら体育館の用具室に片付けていく。

 それに、二年生達も意外といい人たちばかりだった。ポールを前田先輩と談笑しつつ一緒に運んでいる夏帆も同じように感じている筈。


 そんな全体練習の最終日で、多分気が抜けていたのだろう。


 一つ回収し忘れていたボールを用具室に持って行ったところで、先輩と鉢合わせになった。どうやらポールの高さ調節に使う用具を戻していたところらしい。なるべく先輩と二人きりになるのは避けていたのに。最後の最後で。


 先輩とは相変わらず会話らしい会話もないままで、数週間の放課後は幻だったのではないかと思う程だ。

 日を追うごとに気まずさは増していくばかり。そんな相手と二人きり。冷や汗が背中を伝う。


 落ち着け。と、声には出さず呟く。

 他の部員たちは出口へと歩んでいる。先輩ももう用具室から出ていくところで。

 このまま無視してすれ違えばいいだけの話。

 それだけの話。実際警戒する必要もなく、何も言われることなくすれ違った。


「先輩」


 馬鹿だと思う。

 何を話せばいいのかも分からない。ただ、口が勝手に先輩を呼んでいた。

 振り返って、衝動に任せたまま切り出した。

 もしかしたら、先輩だって。


「私――」

「何」


 先輩は、振り返ることすらしていなかった。

 背を向けたまま、拒絶を匂わせる冷たい一言。


「っ……私、もう帰るから」


 短く言い残して去って行ってしまう。

 ――もしかしたら先輩だって、私との別れに一縷の名残惜しさがあるのではないか。

 そんな根拠のない予感が泡沫のように弾けていく。

 ひとり立ち尽くす。

 私を待たずして去っていくその背中に、投げかけるものは何一つとして持ち合わせていない。

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