第23話 春の夜の 闇はあやなし② 4月23日
「でも、何でウチを受験したの?」
私たちの通う高校のセールスポイントといえば、県内の中ではそれなりに学力が高いくらい。
進学率は高いけど、そこは正直個人の頑張りだし。ライトグレーのブレザーは可愛いけど、もっと可愛い制服は他校にいくらでもある。実際に、夏帆は他校の制服に目移りしてたし。
部活動はそんなに強くない。学校行事はまだどれも未体験だけど、特段目を惹く行事はないように思う。
じゃぁ、何故?
昨日先輩に不躾な質問をしてしまった経験を踏まえて、少し慎重になる。でもそんなに失礼な質問には当たらないはずだ。
一方夏帆の方は豆鉄砲を食らったような以下同文。
「ん、んー……。将来のことを考え……」
やけに形式的な答えが出掛かって止まる。私の目を見て、周りを見て。きょろきょろと落ち着きがない。挙動不審が服を着ているようだ。
「誰にも言わない?」
「え、う、うん」
内緒話にまで発展するとは考えてもいなかった。
声を潜めてまで、念入りに確認してくる。この喧騒具合では普通の話し声でも紛れるくらいだから大丈夫だろうけど。
「ま、深月はいい奴だからいいか」
信用してくれるのは嬉しいけど、まだひと月も経っていない相手に大丈夫か?と、心配になる。
「軽く聞いただけだし、無理して話さなくてもいいよ?」
「んー、一人で抱えてると頑張れなくなりそうだし。折角の機会だし。でもマジで誰にも言わんでね」
固く頷いて約束を結ぶ。
「咲良と同じ高校に通いたくてさ」
長くしなびたポテトをぐるぐると振り回しながら照れくさそうに呟く。
福島咲良(ふくしまさくら)。いつも私たちと一緒にいる福島さんのフルネーム。 普段彼女を苗字で呼ぶ私は、咲良という単語と顔を一致させるまでに一瞬の間を要した。
「仲いいもんね、二人」
夏帆と福島さんは幼馴染。確かに傍目にも仲は良く映る。
でも夏帆は快活で誰とでも仲良くなれるタイプだし、福島さんはしっかりものだ。互いが居なければ駄目ということもないだろうし、わざわざ一緒の学校を目指すのは意外だった。
「まーね。これ、特に咲良には絶対言わないでよ」
度重なる念押し。
「示し合わせた訳じゃないんだもんね?」
「そうそう。あたしが勝手に付いてったっていうか……ストーカーとか束縛とかそんなんじゃないからな?」
焦ったように釘を刺されると却って怪しい。挙動にも反映され、振りが激しくなり遠心力に耐えかねたポテトが根元から千切れて私のトレイに落ちた。ちょい怪しい。でも目の前の友人がそんなに歪んだ人物には思えない。
トレイを差し出して返却すると、律儀な奴、と苦笑される。
「大事なんだ。福島さんのこと」
無理して一緒の学校に入る位に。
しかし当の本人はしっくりこないみたいで、首を傾げている。
「咲良とはずっと一緒にいたからさ。大事っていうか、いないと落ち着かない感じ?」
かと思えばさりげなく凄いことを言い出した。少なくとも私にはそんな相手はいない。
存在しないと心の置き所を失ってしまうような相手。
きっとそれだけ充実した歳月を共にしてきたからで、それは素直に素敵だと思う。
ていうか、それを大事な人というのでは?
「流石に大学は別々だろうし、離れたら離れたでどうにでもなるってのは分かってるんだけど」
残ったジュースを飲みほしてから続ける夏帆の目は、どこか遠い。
「もう三年だけ近くにいて、ちゃんと幼馴染離れしようと思ってさ」
「それ、福島さんに話したら喜ぶと思うけど。絶対に」
福島さんが小言を溢し、夏帆が辟易した素振りを見せる。いつも繰り広げられるやり取りを思い出す。
二人とも楽しそうで。福島さんだって、夏帆のことを大切に思っているのは伝わるものがある。
きっと夏帆が今吐露した一連の感情を嬉しく思う筈。自然と熱が入っていた。
「いや、あいつのことだから気を遣うだろうし。変に義務的に一緒にいられても辛いしさ」
勘弁して。と、へらへらしながら手首を振っている。
「別に見返りが欲しい訳じゃないし、あいつが離れるならそれでもいい。あたしの自己満足だから」
そう話を終えた夏帆は軽く息を吐いて薄く固い背もたれにもたれ掛かる。
初めて彼女に抱いた印象は間違ってなかったことを知る。やっぱり夏帆は、いい奴だ。
誰かを大切にできて、それでいて押し付けがましくない。
ポテトを食べ終え、残り僅かなジュースに手を伸ばす。溶けた氷水をストローでかき混ぜる。ゴロゴロとした手触りと小気味の良い音。
「夏帆、話してくれてありがとう。絶対内緒にするから」
「ん。深月こそ、聞いてくれてありがと」
二カっと歯を見せて笑う夏帆に、微笑み返す。
夏帆が福島さんに深く抱いているのは友情になるのだろうか。それとも違う何かか。当てはまる熟語を探すには、私の人生経験が足りない。
どんな形であれ、きっと特別な感情を持つ相手なのだ。
それを真っ直ぐに大切に出来る彼女が眩しくて。
私もそうありたいなんて、思ったりして。
「そんなことより、深月は誰がタイプなのさ?」
「え?」
「クラスの男子で誰がタイプ?あたしは深月の隣の席の宇喜多君とか恰好いいと思うけどな」
「え、え?」
私の中ではしめやかに収まりもついて、そろそろ退店のつもりだったんだけど。
「でもちょっとチャラそう……いやしかしそこも良い。で、深月は?」
夏帆はまだまだこれからと言わんばかりに前傾姿勢を取る。
それはそれで夏帆らしくて、いいんだけど。
「んー……そうだねえ」
今から恋バナに耽るには食事のペース配分ミスってないか私たち。
底に残るジュースを啜る。もはやうっすい酸味が微かに混じっただけの水と化していた。
それからたっぷりと語った……というか聞き手に専念した後に夏帆と別れ、バスに揺られて帰路を辿る。
舗装の甘い道路に差し掛かると振動が増す。頬杖を付いて窓にもたれていた側頭部がコツコツと打ち付けられた。
電光掲示板が昼夜問わず光り続けるカラオケ店を通り過ぎる。カとオの文字は蛍光灯が切れている。
その様が私にとって可笑しく映るか、物寂しく映るかでその日の充実度が違う。今日は前者のようだ。
夏帆の真っ直ぐな生き方が、鮮明に私の心を照らす。彩度が高まって、自分でも見落としていた心の機微を掴めそうだった。
寝ずに思索しても朧気で、まるで見通しが立たなかったというのに。
誰かと話して、違いを比較することで自分という人間が形作られていく。
他者と過ごすことの意味がそこにはあった。
ソワソワして、座席に付いている筈のお尻が浮いているような感覚に見舞われる。
夏帆が福島さんに抱くような、親友相手にでも明かせない秘め事がある。
そう考えたら、やっぱり私は先輩に踏み込み過ぎたのだと反省する。
たった数週間の付き合いなのに、先輩が秘めているものを引き出そうなんて随分と出過ぎた真似をしたものだ。
そして何故そんな真似をしてしまったのか。その原動力は、きっと、もしかしたら。
『それを聞いて、君はどうしたいの』
再三脳内でリフレインされる先輩からの問いに、もう少しで答えを見出せそうだった。
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