第16話 しづ心なく 花の散るらむ② 4月20日

「それじゃあ、失礼します」

「うん……おいで」


 パイプ椅子に腰かけ、身体を右に傾けて隣に座る先輩に体重を預けていく。先輩の左半身と密着する。制服越しでも伝わる温もりと柔らかさ。

 中学の部活での遠征を思い出す。顧問の運転するマイクロバスに乗り合わせて遠征先に向かう道中、気が付いたら隣に座る子にもたれて寝ていたことが何度かあった。逆もしかり。ただあれは寝落ちの結果であって、意識がある内から寄り添う訳ではない。


 なんだか緊張する。正直眠気は半分飛びつつある。

 何やってるんだろう。やっぱり帰ればよかった。

 毎回流されてしまう自分に辟易としながらも、私の側頭部は先輩の左肩に無事着陸した。


「……どう?」

 右側から寝心地を尋ねられる。

 「いい感じ、です」

 

 高さは丁度いい。しかし全体的に薄い先輩の方は骨ばっていて、正直ちょっと痛い。それを吐露してしまえば、色々な体勢を試す羽目になるのだろう。

 それなら多少の不具合には文字通り目を瞑る方が楽だった。

 

 吹奏楽部が奏でる楽器の音が聞こえてくる。疎い私には金管楽器であること位しか分からない。

 微かに開けた窓から入り込む隙間風が髪を揺らす。頬を掠めるのは私の髪か、先輩の物か。互いに黙り込み、段々と私の呼吸が深まっていく。   

 先輩の体温も、心地よく鼓膜を揺らす音も、身体をなでる柔らかな風も、悔しながら微睡みにはうってつけ過ぎた。


「わ」

 ぼんやりと、感覚が希薄になっていきかけたところで身が竦んだ。船を漕ぎ始め、私の頭が先輩の方から落ちそうになったようだ。一瞬の浮遊感に一時的に目が覚める。


「おっと」

 先輩の左手が私の頭に添えられていた。寸でのところで先輩が支えてくれたおかげで、ことなきを得たようだ。

「あ……すみません」

「ん、こうしているから、寝てて大丈夫だよ」

 先輩の指先がぽんぽんと私の側頭部を優しく叩く。


「おやすみ」


 耳当たりの良い、ハスキーな声が奏でる眠りへの誘導。そこに安心感を覚えてしまうのはきっと、心を許しているからではなく睡魔のせいだろう。

 都合のいい言い訳を見つけてから、今度こそ意識を手放した。

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