第3話 調査2

 ポスターが掲示された週の週末、波瑠はフリーメールに送られてきたメールを精査して過ごしていた。授業中に多嶋たちに話した内容は、休憩や休み時間を経て瞬く間に広まったようだ。その数時間後から、「水城先生、イチョウここかも」「いやこっちじゃない?」などなど、取り留めもなく情報が集まってくるようになった。さすがに口頭は面倒になったため、しばらくしてフリーのメアドを一つオープンにして、学校SNSに上げることにした。


――今朝のポスターについて情報を求めます。

  フリーmail:Mizu_haru××@(以降はメールアドレスの後半)。

  美術講師 水城波瑠


 さすがに直リンクは避けた。しかしこれで、有象無象の情報をゆっくり精査できるし、あわよくば、このいたずらを仕掛けた本人から連絡が来ないかな、と考えていた。このポスターを掲示した犯人(?)は、明らかに波瑠の学生時代あたりの情報を知っている。


 今になってこんないたずらをしたのは、年の離れたきょうだいが通っていたか、近い身内がこの学校に勤めていたかで、何かの拍子にこのおまじないのエピソードが話題に上ったのではないだろうか。私立北八王子高校はコース制を取っていることもあり、きょうだいで通うことも少なくない。入学金授業料がネックでない限りは、ベッドタウンから通いやすく、アクセスも悪くはない立地と、並みいる私立高校の中では、それほど目立つ名前ではないが、私立高校の中堅を維持しているといえる。また先生の顔ぶれがそこまで大きく変わらないことも、私立学校らしい。

 保護者としては、次も〇〇先生にお世話になる、という安心感もあるのだろう。しかしそうだとしても、十年も前の学校で流行ったおまじないを使うのは、何かしらの意図があるのではないだろうか? そう考えながら、メールを次々に仕分けしていく。


 初めは大量のメールが送付されてきたが、二、三日する頃には落ち着いてきた。

 一応ざっと目を通し、明らかないたずらとわかるものを大量にゴミ箱に放り込んでいると、ふと気になるメールを見つけた。件名はなく、本文に「宮下公園は?」とだけ書かれている。

 公園名に見覚えがあったがどこだろうか。ブラウザを立ち上げ検索してみると、高校から北側に進んだ先に川があり、その対面にある大きな公園だった。


「そういえばこんな公園あったな」

 駅から反対方向にあるため波瑠自身は行くことはなかったが、地元組は学校帰りにたまり場にしているグループもいるらしい。

 園内案内図を見てみると、思った以上に大きな敷地で、雑木林の遊歩道や野鳥観察区域、中には小さな弁天池とそれを祀る神社、園内ではないが奥には霊園や古墳もある、立派な公園だった。その園内の正面入り口に近い部分が芝生の広場や散歩用小道などに整備されており、そこに小さく、「宮下の大イチョウ」という表記を見つけた。


(イチョウだ。もしかして)


 急いで画像検索をしてみると、想像通りの見覚えのあるイチョウの画像が大量に出てきた。角度や背景は違うが、枝ぶりや木の地肌の模様からポスターの写真と同じイチョウの木に見える。黄色く色づいたイチョウは、葉が落ち始めると周囲全体を明るく温かい黄色に染めていて、いい写真スポットになっているようだ。

 改めて送られてきたメールを見てみると、メールアドレスはアットマーク以前が自動生成のようなランダムな英数字になっていた。送付日時は波瑠がメールアドレスをオープンにした日の二十二時半過ぎ。


「――犯人、とか?」

 波瑠は腕組みしながら画面を睨む。しかし、あまりに反応が良すぎる気がする。そもそも、掲示板に貼ったポスターをSNSに上げていることからしても、わざと拡散しているようにも思う。これでは犯人が見つけて欲しがっているみたいだ。

 そして、この公園情報の送り主が犯人かはわからない。通りすがりで、たまたまイチョウを知っており、面倒ごとに巻き込まれたくなくて単に情報提供した可能性もある。


 ともかく、ポスターに写っていたイチョウの木は見つけることができた。あとは掲示した人物のアタリを付けることだが、こちらはすぐにはわかりそうもない。

 ただ、正直なところポスターを掲示したくらいならこのままうやむやにしてもいいか、と波瑠は思っていた。掲示板の鍵をどうしたのかという疑念と、なぜか昔のおまじないを使って目立つことをしたという謎はあるが、手の込んだいたずらを仕掛けて周囲が騒ぐのを楽しんでいるというくらいなら、わざわざ暴けば余計に増長しそうな気がしている。


 あの日、副校長室で藤波と話したが、今回のことは大事にするつもりはない、という意見は一致していた。教員が大騒ぎをすれば、かえって生徒は面白がったり悪乗りしたりして、騒ぎが大きくなる可能性もあり悪影響が懸念される。藤波としてはそちらのほうが心配のようだった。波瑠は、人物特定はしようと思えばできるが、この程度のことで労力が割かれるのは割に合わないと考えていた。


 念のため次の日に、『許可のない掲示物を勝手に貼らない』という決まりきった注意書きだけ掲示したが、そもそもいたずらの範疇を超えるものでもない。数日様子を見て、特に何も進展がないようなら、このまま簡単に報告書だけ作成して幕引きとするつもりだった。


 ――そんな思惑は、週明けの月曜夜、宮下公園で暴行事件が発生し、消滅した。

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