第19話 突撃営業
「クロノア・ソリューションの
受付の女性が驚いたように名刺を受け取り、おずおずと答える。
「アポイントメントはお取りですか」
「今日は取ってないよ。とっておきの話あるから、ぜひ聞いてもらおうと思って」
受付の女性が困惑しながら内線の受話器を取る。
「――あ、社長室ですか? クロノア・ソリューションの代表取締役、
……ええ、そう仰ってます。『とっておきの話がある』と。
……はい、わかりました」
受話器を置いた受付の女性が、
「十分だけお会いになるそうです」
「わかった、ありがとう――じゃあ二人とも、行こうか」
そのまま
私と
「凄いですね、アポなしで会ってもらえるなんて」
「僕はお爺ちゃんの会社の取締役だから、そこは反則技ってとこかな。
私は呆れるように
「それ、本当に参考にならないわね」
「切り込み方は人それぞれ、自分の武器で切り込めばいいんだ。
僕は自分が持つ武器を最大限使うだけ。
三人でエレベーターに乗り込み、最上階へ向かっていく。
「いきなり社長室ですか? 社内の人に案内してもらうべきじゃ」
「構わないよ。相手が『会う』と言ったんだ。
そこで遠慮してたら営業にならないよ」
すご……なんでそんなに行動力があるんだろう。
ただの孫で、ここまで傍若無人に振る舞えるわけがない。
エレベーターが最上階に着き、
続いて私が、そして最後に
落ち着いた木目がある扉を、
「
堂々とした声には、緊張の色すらない。
中から「入れ」と声が返ってきて、
開かれたドアから、私たち三人は社長室へ踏み込んだ。
****
部屋の中では白髪交じりの男性が、不機嫌そうにこちらを睨んでいた。
「用件を言え」
「本日は弊社とっておきの商品をご紹介に参りました。
一般営業には教えてない、お得意様専用の商品です。
男性――
「代表取締役、ね。お前いくつだ?」
「今年で十九歳になりますが、それがなにか?」
「若いな……
祖父の威光があれば、俺に商品を売れると見込んだのか」
「とんでもない、本来なら祖父に近しい企業でなければ導入できないシステムのご提案です。
失礼ですが
わが社の『クロノア・ニール』の噂も、聞いておられないのでは?」
「なんだその、なんとかってのは」
「御社ではAIを導入しておられますか?
『クロノア・ニール』は僕が開発した、新世代型AIシステムです。
外部依存なし、サービスダウンしないAIシステム。
これにより現場の効率を改善させるご提案ができます」
「下らん。AIなんぞ何の役に立つ」
「これをご覧ください。
『クロノア・ニール』を導入してから、御覧の通り三割以上の利益向上が出ています。
これは最新値ですから、ご内密にお願いしますよ?」
「……若造がそんな社外秘を漏らして、責任問題にならんのか」
「僕は取締役ですから、相手を見てこの程度の情報をお伝えすることはできます。
このAIシステムの秘密、知りたいと思いませんか?」
「秘密だと? ただのAIじゃないと言いたいのか」
「お話を聞いて下さるならお答えします。
興味がないならそれで結構。祖父から声がかかるのをお待ちください。
十年先か、二十年先かはわかりませんが」
「……いいだろう。話を聞いてやる。そこに座れ」
「
頷いた
私は
「営業を追い払うほどの秘密、教えてもらうか」
「もしも『未来が予知できる』、と言ったら
「未来予知だぁ? そんな与太話を信じろってのか」
「効果のほどは、先ほど見せた通り。
僕が十三歳で開発したAIシステムが、今も
五年間でシステムを整備し、今はワンパッケージでお売りすることができるようになりました。
情報漏洩の心配もなく、国外に依存することもありません。
社内でシステムサーバーを管理できなければ、弊社に管理を任せて頂いても結構です。
このAIシステムを軸に社内システムをアップデートすれば、業績改善は間違いないでしょう」
すらすらと流れるように話をする
「そんな都合よく事が運ぶわけがない」
「御社は昨年、システム導入で失敗しておられますからね」
「……誰から聞いた?」
「弊社の『クロノア・ニール』からですよ。
決して御社の社員が漏らした情報ではありません。
弊社はこうやって他社の機密すら知ることも可能――もちろん、限界はありますけどね」
「うちの会社はIT部門が弱い。外注に頼らざるを得ない。
それでも低予算で抑えられるか?」
「弊社に任せて頂けるなら、業務改善からご提案して――年間五百万でいかがでしょうか。
ベーシックプランでお試し頂いて、お気に召したら本格導入もご提案させていただく。
グレードを一つ上げるだけでも、充分な改善が見込めると思います」
「導入コストは?」
「そこは
サーバーレンタルでもリモートアクセスでも、御社の都合に合わせてご提案いたしますよ。
トレーニングも弊社の技術サポートを一年間無料でお付けします――いかがですか?」
「お前――いや、あんた、本当に十八歳か?」
「祖父からも疑われるくらいですから、信用できなくても仕方ありませんね」
「気に入った! だが一度口にしたからには、その値段で契約してもらう」
「もちろん、構いませんよ?
業績が上向けば、自然と欲が出ます。その時に改めてお話しいただければ」
手を離した
「隣にいるのが弊社の取締役兼開発部長、
私の妻ですので、遠慮なく要求をお伝えください。
――ほら
そんなこと、急に言わないで?!
私はトートバックから名刺ケースを取り出し、震える手を添えて
「い、
名刺を丁寧に受け取った
「なんだ、夫婦で重役か? こんな開発部長で大丈夫なのか?」
そんなこと、私が分かるわけないでしょう?!
何も答えられないでいると、
「コア技術は僕が、現場の指揮は
妻には
「用件は分かった。あとで資料を送ってくれ。
後日、改めて話を詰めよう」
「はい、本日は貴重なお時間をありがとうございました。
――ほら
ええっ?! これで終わり?!
私も慌てて立ち上がり、
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