第19話 突撃営業

 純人すみとくんを先頭にビルに入り、受付で純人すみとくんが名刺を取り出して告げる。


「クロノア・ソリューションの伊勢崎いせざきだけど、社長はいらっしゃるかな」


 受付の女性が驚いたように名刺を受け取り、おずおずと答える。


「アポイントメントはお取りですか」


 純人すみとくんがにこやかに答える。


「今日は取ってないよ。とっておきの話あるから、ぜひ聞いてもらおうと思って」


 受付の女性が困惑しながら内線の受話器を取る。


「――あ、社長室ですか? クロノア・ソリューションの代表取締役、伊勢崎いせざき様がお見えになってます。

 ……ええ、そう仰ってます。『とっておきの話がある』と。

 ……はい、わかりました」


 受話器を置いた受付の女性が、純人すみとくんを見て告げる。


「十分だけお会いになるそうです」


 純人すみとくんがニコリと微笑んで頷いた。


「わかった、ありがとう――じゃあ二人とも、行こうか」


 そのまま純人すみとくんがエレベーターに向かって歩いていく。


 私と阿部あべさんは、その背中を追いかけるように続いた。


 阿部あべさんが感心するように告げる。


「凄いですね、アポなしで会ってもらえるなんて」


「僕はお爺ちゃんの会社の取締役だから、そこは反則技ってとこかな。

 萩沼はぎぬまさんはお爺ちゃんと取引があるから」


 私は呆れるように純人すみとくんに告げる。


「それ、本当に参考にならないわね」


「切り込み方は人それぞれ、自分の武器で切り込めばいいんだ。

 僕は自分が持つ武器を最大限使うだけ。

 光香みかさんもそのうち、自分だけの武器が見つかるよ」


 三人でエレベーターに乗り込み、最上階へ向かっていく。


 阿部あべさんが不安気に呟く。


「いきなり社長室ですか? 社内の人に案内してもらうべきじゃ」


「構わないよ。相手が『会う』と言ったんだ。

 そこで遠慮してたら営業にならないよ」


 すご……なんでそんなに行動力があるんだろう。


 佐久造さくぞうさんの孫だから? でも、それだけじゃない気がする。


 ただの孫で、ここまで傍若無人に振る舞えるわけがない。


 エレベーターが最上階に着き、純人すみとくんが先に降りていく。


 続いて私が、そして最後に阿部あべさんが下りた。


 落ち着いた木目がある扉を、純人すみとくんの手が遠慮なしにノックする。


萩沼はぎぬま社長、伊勢崎いせざきです」


 堂々とした声には、緊張の色すらない。


 中から「入れ」と声が返ってきて、純人すみとくんがドアノブに手を伸ばす。


 開かれたドアから、私たち三人は社長室へ踏み込んだ。





****


 部屋の中では白髪交じりの男性が、不機嫌そうにこちらを睨んでいた。


「用件を言え」


 純人すみとくんが懐から名刺を取り出し、ノートPCを脇に挟んで両手で差し出す。


「本日は弊社とっておきの商品をご紹介に参りました。

 一般営業には教えてない、お得意様専用の商品です。

 萩沼はぎぬま社長には特別に、そのご案内を差し上げようかと」


 男性――萩沼はぎぬま社長が片手で名刺を受け取ってそれを読み上げる。


「代表取締役、ね。お前いくつだ?」


 純人すみとくんがにこやかに答える。


「今年で十九歳になりますが、それがなにか?」


「若いな……伊勢崎いせざきさんの孫、といったところか。

 祖父の威光があれば、俺に商品を売れると見込んだのか」


「とんでもない、本来なら祖父に近しい企業でなければ導入できないシステムのご提案です。

 失礼ですが萩沼はぎぬま社長は、その域にはおられない。

 わが社の『クロノア・ニール』の噂も、聞いておられないのでは?」


 萩沼はぎぬま社長が方眉を上げて純人すみとくんを睨み付けた。


「なんだその、なんとかってのは」


「御社ではAIを導入しておられますか?

 『クロノア・ニール』は僕が開発した、新世代型AIシステムです。

 外部依存なし、サービスダウンしないAIシステム。

 これにより現場の効率を改善させるご提案ができます」


 萩沼はぎぬま社長が鼻を鳴らして名刺を投げ捨てた。


「下らん。AIなんぞ何の役に立つ」


 純人すみとくんが笑顔のままノートPCを開き、画面を萩沼はぎぬま社長に見せつけた。


「これをご覧ください。伊勢崎いせざきホールディングスの金融部門、その業績グラフです。

 『クロノア・ニール』を導入してから、御覧の通り三割以上の利益向上が出ています。

 これは最新値ですから、ご内密にお願いしますよ?」


 萩沼はぎぬま社長が目を細めながら純人すみとくんに告げる。


「……若造がそんな社外秘を漏らして、責任問題にならんのか」


「僕は取締役ですから、相手を見てこの程度の情報をお伝えすることはできます。

 萩沼はぎぬま社長にだけお伝えする、とっておきの情報です。

 このAIシステムの秘密、知りたいと思いませんか?」


 萩沼はぎぬま社長がジロリと純人すみとくんを睨みつけた。


「秘密だと? ただのAIじゃないと言いたいのか」


 純人すみとくんがノートPCを畳んで答える。


「お話を聞いて下さるならお答えします。

 興味がないならそれで結構。祖父から声がかかるのをお待ちください。

 十年先か、二十年先かはわかりませんが」


 萩沼はぎぬま社長はしばらく純人すみとくんの笑顔を睨みつけた後、口の端を持ち上げて告げる。


「……いいだろう。話を聞いてやる。そこに座れ」


 純人すみとくんが頷いて阿部あべさんに告げる。


阿部あべさん、ここからはトップシークレットだから、外で待ってて」


 頷いた阿部あべさんが萩沼はぎぬま社長に丁寧なお辞儀をし、社長室から出ていった。


 私は純人すみとくんに促されながら、社長室のソファに腰を下ろす。


 萩沼はぎぬま社長が椅子から立ち上がり、私たちの正面のソファに腰を下ろした。


「営業を追い払うほどの秘密、教えてもらうか」


 純人すみとくんがニコリと微笑んで答える。


「もしも『未来が予知できる』、と言ったら萩沼はぎぬまさんはどうお考えですか?」


「未来予知だぁ? そんな与太話を信じろってのか」


「効果のほどは、先ほど見せた通り。

 僕が十三歳で開発したAIシステムが、今も伊勢崎いせざきホールディングスの業績を支えています。

 五年間でシステムを整備し、今はワンパッケージでお売りすることができるようになりました。

 情報漏洩の心配もなく、国外に依存することもありません。

 社内でシステムサーバーを管理できなければ、弊社に管理を任せて頂いても結構です。

 このAIシステムを軸に社内システムをアップデートすれば、業績改善は間違いないでしょう」


 すらすらと流れるように話をする純人すみとくんを見て、萩沼はぎぬまさんが唸り声を上げた。


「そんな都合よく事が運ぶわけがない」


「御社は昨年、システム導入で失敗しておられますからね」


 萩沼はぎぬま社長が鋭い目付きで純人すみとくんを睨みつける。


「……誰から聞いた?」


「弊社の『クロノア・ニール』からですよ。

 決して御社の社員が漏らした情報ではありません。

 弊社はこうやって他社の機密すら知ることも可能――もちろん、限界はありますけどね」


 萩沼はぎぬま社長が小さく息を漏らした。


「うちの会社はIT部門が弱い。外注に頼らざるを得ない。

 それでも低予算で抑えられるか?」


「弊社に任せて頂けるなら、業務改善からご提案して――年間五百万でいかがでしょうか。

 ベーシックプランでお試し頂いて、お気に召したら本格導入もご提案させていただく。

 グレードを一つ上げるだけでも、充分な改善が見込めると思います」


「導入コストは?」


「そこは萩沼はぎぬま社長だけの特別サービス、弊社の方でご負担させて頂きます。

 サーバーレンタルでもリモートアクセスでも、御社の都合に合わせてご提案いたしますよ。

 トレーニングも弊社の技術サポートを一年間無料でお付けします――いかがですか?」


 萩沼はぎぬま社長がニヤリと笑って純人すみとくんを見つめた。


「お前――いや、あんた、本当に十八歳か?」


 純人すみとくんがニコリと微笑んで答える。


「祖父からも疑われるくらいですから、信用できなくても仕方ありませんね」


 萩沼はぎぬま社長が楽しそうに笑い声を上げた。


「気に入った! だが一度口にしたからには、その値段で契約してもらう」


「もちろん、構いませんよ?

 業績が上向けば、自然と欲が出ます。その時に改めてお話しいただければ」


 純人すみとくんが差し出した手を、萩沼はぎぬま社長ががっしりと握り締めた。


 手を離した純人すみとくんが立ち上がり、萩沼はぎぬま社長に告げる。


「隣にいるのが弊社の取締役兼開発部長、伊勢崎いせざき光香みかです。

 私の妻ですので、遠慮なく要求をお伝えください。

 ――ほら光香みかさん、名刺名刺」


 そんなこと、急に言わないで?!


 私はトートバックから名刺ケースを取り出し、震える手を添えて萩沼はぎぬま社長に差し出した。


「い、伊勢崎いせざき光香みかです。以後、お見知りおき下さい」


 名刺を丁寧に受け取った萩沼はぎぬま社長が、微笑んで答える。


「なんだ、夫婦で重役か? こんな開発部長で大丈夫なのか?」


 そんなこと、私が分かるわけないでしょう?!


 何も答えられないでいると、純人すみとくんが明るい声で笑い声を上げた。


「コア技術は僕が、現場の指揮は白井しらい副部長が担当しています。

 妻には白井しらいのサポートとして管理業務を担ってもらっているだけですから、ご心配には及びませんよ」


 萩沼はぎぬま社長も立ち上がって告げる。


「用件は分かった。あとで資料を送ってくれ。

 後日、改めて話を詰めよう」


 純人すみとくんが笑顔で頷いた。


「はい、本日は貴重なお時間をありがとうございました。

 ――ほら光香みかさん、行くよ」


 ええっ?! これで終わり?!


 私も慌てて立ち上がり、萩沼はぎぬま社長にお辞儀をする。


 純人すみとくんに背中を押されながら、私たちは社長室を後にした。

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