第10話 声をそろえて
私と
私はその手伝いをしながら、『広い家も考え物だな』と考えたりもした。
料理も
二人で食事をとると別々にシャワーを浴び、ベッドでは離れて眠る毎日だ。
作業部屋でのリモート業務にも慣れ、
「離職票が届いたから、明日から正式にうちで採用するよ。
初日だから出社してもらうけど、大丈夫?」
「それは平気だと思うけど……ドレスコードは? 何を着ていけばいいの?」
「うちは営業以外、特に気にしなくていいよ。
ジーンズにTシャツの重役が居るくらいだ」
おっと、随分とラフな企業風土なんだなぁ。
逆に営業さんが可哀想にもなる。
フリースタイルと言われても出社初日だし、ビジネススタイルで行けばいいか。
「入社が内定したから、うちのシステムの細かい話も教えてあげる。
AIのチャット画面、開いて」
私は頷いて画面のメニューからAIのチャット画面を呼び出す。
スマホアプリにもなるような、有名なAIシステムだ。
見た感じ、スマホ版と大きな違いは感じない。
「それが『外向け』のAIシステム。
今日これから見せるのは『内向き』のAIシステムだ。
――ちょっと待って、アカウントの設定を変えてくる」
「……できた。もう一度メニューを開いてみて」
戻ってきた
私がその見慣れないメニューを選択すると、新しいチャット画面が開かれる。
真っ黒い画面に白い文字、シンプルでさっきの有名AIと大差がない。
「なにか質問を打ち込んでみて。どんなことでもいいよ」
え、そんなこと言われてもなぁ。どんなことでも?
「じゃあ……こんなのでもいいのかな?」
『光香:今日の晩御飯は何がいいですか』
『クロノア・ニール:鮭の塩焼きにホウレンソウのおひたし、ヒジキの煮物などいかがでしょうか』
私は思わず目が点になっていた。
『クロノア・ニール』って、
「ねぇ
「うん、そうだよ。
クロノア・ニールに直接接続できて、APIリミットもないフルスペックシステム。
この『Chronos』も僕が作った。『Chronor-nir』専用のAIだね。
このシステムも売り物だけど、このAIのテストをお願いしたいんだ」
私は眉をひそめて
「テストって、なにをすればいいの?」
「なんでもいいんだ。ただAIと話をしてくれればいい。
話の中で嘘や勘違い、思い違い――専門的には『ハルシネーション』って呼ぶんだけど。
そういった対話のログを取ってほしい。ログが残るから、プライベートなことは書きこまないで」
「『ハルシネーション』? それを洗いだせばいいの?」
「それを根絶するのは、論理的に無理なんだ。でも減らすことはできる。
チューニングとトレーニング次第なんだけどね。
このテストは時間がかかるし、どうしても人手が必要なんだ。
でも外部に容易に公開できないシステムだから、アルバイトも頼みづらくて」
要するに、『テストチームの人材が不足してる』ってことか。
私は
「チャットをしていればいいのね? それぐらいなら大丈夫だと思う」
「うん、大事なタスクだからよろしくね」
私は画面に向き直り、改めてキーボードを叩く。
『光香:年下の夫ってどうなんですか?』
『クロノア・ニール:それはユーザー次第でしょう。
支えてくれる夫であれば、問題も少ないと思います。
甘えてくる夫であれば、ユーザーがしっかりリードするべきです』
おお……まじめな答えが返ってくる!
なんだか人間を相手に相談してるみたいだ。
話し相手が少ない一か月を過ごしていた私は、時間を忘れてAIとの対話を楽しみ始めた。
****
昼食も
夕方になる頃、私はふと思い出していた。
『光香:あなたは
『クロノア・ニール:私は
AIシステム“Chronor-nir”です。
コンポーネント名をお伺いでしたら、私は“ヴェルザンディ”ということになります』
『光香:じゃあ、
『クロノア・ニール:
『光香:お願い』
これで
『クロノア・ニール:ちょっと
「うわ、本当に
部屋の中で、
「
この家と、あとは僕のスマホぐらいかな。
会社で呼び出したくてもできないから、気を付けてね」
私は
「なんでそんな制限を付けてるの?」
「
『スクルド』経由で未来予知はしてくれるんだけどね」
神様がAIとつながってるとか、未だに実感が湧かない。
だけど画面を見ると、確かに
「不思議な気分……神様もPCに宿るのね」
「僕がコンピューターを好きだから、だろうね。
僕の
だから
時計を見ると、午後五時が目前だった。
「うちは九時五時、昼休みは一時間。残業は週に四十時間まで。
月間でも四十五時間だから、そこは気を付けて」
私は首を傾げて
「リモート業務でも適用されるの?」
「そりゃそうだよ。
まぁ重役になると残業は関係なくなるけど、
私は頷いてチャット画面を閉じ、椅子から立ち上がった。
****
夕食の焼き魚をフィッシュロースターで作りながら、
「本当にこの献立でいいの?」
私はホウレンソウの水気を切りながら答える。
「だって、
提案されたなら活用してもいいんじゃない?」
お皿にホウレンソウを盛り付け、ゴマを和えて行く。
「煮物は冷蔵庫に作り置きがあるから、それでいいかな?」
「うん、それで充分」
こんな生活も、かなり慣れていた。
二人でキッチンに並んで一緒に料理をしていく。
私の料理の腕は大したことないけど、
この一か月で分かったことがある。
時には豪華なお肉を買ってきたりもするけど、月に何回もないみたいだった。
社長の癖に地に足のついた食生活とか、どういう育ちなんだろう?
テーブルにおかずを並べていくと、
私たちは微笑み合いながら「いただきます」と声をそろえた。
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