第27話 元夫婦

 どういう答えが欲しかったのか。

「同情…かな」

 そう言って、先生はドアを開けて、外に出た。私もドアを開ける。手打ちそばと看板がかけられていた。

「アレルギーない?」

 思いがけないことを聞かれて、今までの会話が消えた。

「ないです」

 そして自動ドアではない扉を横に引く。ガラガラと音を立てて開けた。意外と人気店なのか、お客は多かった。入り口近くの席に案内されて、天ぷらそばを頼む。

「先生はグルメなんですね」

「食べることって簡単に幸せになることだからね」と笑う。

「先生はほぼ外食ですか?」

「外食しない日は適当に惣菜買ったりするよ」

「作らないんですか?」

「ごくたまにね。でも時間が勿体無い。作って片付ける時間を他のことに使いたいから」

「でも…そしたら栄養とか…」

「気にしてくれるの?」

「え? あ…はい」

「そういうところ、優しいと思うけど。それは君の美点じゃない?」

「それは誰でも…心配するかと…」

 突然褒められて、なんだか恥ずかしくなった。俯いていると、揚げたての天ぷらそばが運ばれてくる。

「いただきます」と手を合わせる。

「いただきます」と先生も言った。

 天ぷらはサクサクで蕎麦の香りも良かった。居心地悪いということ以外は最高で、先生の言う通り手っ取り早く幸せになれた。


 週末にエイミーさんに誘われて商業ビル屋上に映画館に来た。どの映画を見るのだろうとそわそわする。苦手なホラーやスプラッタだったら困る。先に映画館に着いていたので、ラインナップを眺めて待ち時間を過ごす。

「空ちゃーん!」

 明るい声が弾けた。

「あ! エイミーさん」

「どの映画観る? 空ちゃんの好きなのでいいわ」と言うから驚いた。

「見たい映画があるのかと思ってました」

「なんでも良いの。映画を見ると言う行為が好き。まぁ、戦争映画とか好みではないけど。どうしてもって言うなら…」

「見ません、見ません」と慌てて二回断る。

 エイミーさんと協議した結果、サスペンス映画になった。原作者が有名な作家だから面白いだろうと言う判断だった。ポップコーンを買い込み、席に着く。塩味とキャラメル味二種類買う。サイズが大きいから食べ切れるだろうかと言う気持ちになった。

「さぁ、食べるわよ!」と早速ポップコーンを頬張った。

「あの…」

「無限ループよね。甘いのと塩味と」とエイミーさんは手が止まらない。

 お腹空いてたのかな、と思ってポップコーンの器をそっとエイミーさんの方に押し出した。私は烏龍茶をストローで吸う。

「ポップコーン食べるために来てるのかも」とにっこり笑ってまた頬張る。

「そう言えば…透真が空ちゃんに交際を申し込むって言ってたわよ」

 烏龍茶が気管に入ってむせる。

「大丈夫? 急にごめんね」とエイミーさんが背中をさすってくれた。

「先生がエイミーさんに?」

「違うわよ。空ちゃんに、よ。私、あの後、電話したの。そしたら、養子縁組のこと、怒られちゃった」

「え? 養子縁組のこと怒られたんですか?」と思わずそのまま聞き返した。

「勝手なことするなって。空ちゃんが抱えてる物、ちゃんと一つ一つ受け止めるつもりだったみたい」

「…?」

「そりゃ…私は人の気持ちに雑な対応しがちだけど」と言いながらポップコーンを口に入れた。

「雑なんて思ってないです。すごく嬉しかったですし…」

「あ。じゃあうちの子になる?」

 喋ってる間、画面では映画の予告が爆音で流れている。

「なっても…いいかなぁ」

 くすりとエイミーさんが笑う。

「でも透真と恋愛してもいいかもね。優しいし」

「エイミーさんは…先生のこと好きじゃないんですか?」

「好きよ。人として尊敬してる」

「じゃあ…」

 ブザーがなって、映画館での諸注意が始まる。

「ふふふ。空ちゃん、ありがとう。でも私も彼も同じ失敗を二度としたくないの。多分、透真もそう言ったんじゃないかな」と言って、私にポップコーンを差し出した。

「でも…」と言ったら、ポップコーンを口につけられた。

 私の唇の上にあるから、少し開けて食べる。

「彼に幸せになって欲しいの。もちろん空ちゃんにも」

 続けてポップコーンを口に入れられる。でも味は変えてくれた。甘いキャラメル味が広がる。私の顔を見て、今度は塩味を差し出してくれた。こうして一緒に時間を楽しく過ごしてくれるエイミーさんに私が返せることはあるのかと思った。

 映画が始まって、三十分もしないうちにやすらかな寝息が隣から聞こえてきた。起きたエイミーさんに映画の筋を教えようと必死に考えていたけれど、エイミーさんは画面にクレジットが流れても寝ていた。

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