第26話 全方向美人

 車の後部座席から私はひたすらエイミーさんの話をした。本当にどうでも良いことばかりだけれど、良い匂いがしたとか、目が大きいとか、多分先生も知っていることを話す。苦笑いしながら聞いている先生にさらに重ねて発言してしまう。

「佐々木さんは…藍美のこと気に入ったんですか」

「はい。だって全方向美人ですし、性格もとっても良くて。…なんで別れたんですか?」

 思わずダイレクトに聞いてしまって、さらに苦笑いを濃くさせてしまった。

「そうだなぁ。それこそ全方向完璧だからかな」

「え? それのどこが悪いんですか?」

 身を乗り出して聞いてしまう。

「一人で完璧だと…一緒にいる意味がぼやけたんだよ」

「一緒にいる意味?」

「今ならね、そんな意味なんて必要ないって分かるけど…。まだ若かったからね」

「じゃあ、まだ好きですか?」

「嫌いではないよ」

 それなら復縁もあるかも、と私は更に身を乗り出す。エイミーさんもなんか気持ちがないわけじゃないことを言ってたし、もしかして二人が復縁するかもとわくわくする。

「佐々木さん。シートベルトしてないの?」

「あ、すみません。でも先生…もしかしたら」と言う私の言葉と期待をぶった斬る。

「ありえません」

「ありえませんって、まだ何も言ってないじゃないですか」と背中を座席につける。

「あのね。離婚は簡単にしたわけじゃないんです。本当にお互いに悩んで、話し合って、何度も考えて、どうにかならないかって試行錯誤して、出した結論だから」

 私は浅はかだった。先生とエイミーさんが考え抜いた結論がそんなに軽いものではないのを分かっていなかった。

「…。ごめんなさい。でも…素敵な二人ですから」

 最後は消えそうな声で言う。

「それはありがとうございます。佐々木さんは恋愛に憧れがあるみたいだね」

「え?」

「僕たちのことじゃなくて…君が恋愛をしたら良いよ」

「私が?」

「君も素敵な人だから」

 私はお礼も言えずに視線を落とす。

 私が誰かを好きになれるのか。誰かに愛されることがあるのか。

 普通じゃない私にそんな価値あるのか。

「自分に魅力があるとは思えなくて…」

「十分あるけどなぁ」

 他人事に聞こえて、私は少し腹を立てた。

「私が男性だったら、子宮のない女性と付き合うのは未来がないし。遊び相手にしか…」

 自分で言って分かった。口では諦めたように言ってても、心の奥では誰かに愛されたい。大切にされたいと切に願っていた。でも自分にはその権利がないから、恋愛はできないと自分に言い聞かせるように言い続けた。

 誰からも愛されないことを、わざわざ知りたくなくて、自分で作った壁で守っている。でもだからと言って先生を困らせたくなかった。

「だから怖くて。自分では恋愛なんてできそうにもないです」

 車が止まった。レストランの駐車場に着いたようだった。車のドアに手をかける。

「それでも君は大切にされるべきだから」

 誰が? と顔あげる。

 そんな人がどこに? 

 いるなら教えて欲しい。

 彰吾くん、唯一の私の理解者。

 彼以外にいるのだろうか。

「私はもう一生分大切にされたのかもしれません」

 命をかけて、守ってもらったのだから。

「僕が…大切にしたいと思ってる」

 座席に座ったままの樫木先生は振り返って言う。

「同情ですか」

 エイミーさんとやっぱり似ていると思った。優しくて、私から遠いひと。

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