第41話 カズキの決断
「カズキ様っ!!」
「カズキ!」
「ご主人様!」
砕け散った扉の向こうから、三人の必死な声が響き渡る。光の中へと躊躇いなく飛び込んできたのは、セレスティア、シノン、そしてシルヴィアだった。
その瞳には、俺を失うことへの純粋な恐怖と、何者にも屈しないという狂おしいまでの決意が宿っていた。それが例え……神様であってもだ。
「なんや、騒がしい子らやな。ボクと勇者クンの大事な話の邪魔せんといてくれる?」
ロキは心底面倒くさそうにため息をつくと、指を軽く振るう。それだけで、三人の体は透明な壁に阻まれたかのように、俺まであと数歩というところでぴたりと動きを止めた。
「くっ……! 離しなさい!」
「カズキ様……! 神よ、なぜこのようなことを」
「ご主人様……いかせません……」
シルヴィアが魔法を放とうとするが、神の力の前では無意味に霧散する。セレスティアとシノンも、ただ祈るように、あるいは睨みつけるように、俺の名前を呼ぶことしかできない。
そんな彼女たちの姿を横目に、ロキは俺に向き直り、胡散臭い笑みを深めた。
「さて、勇者クン。気づいてしもうたんやったら、話は早いわ。ごめんなー。この世界は、君が夢見た『貞操逆転世界』やない。ただ、君を愛しすぎた女の子たちが暴走しとるだけの、歪な世界やったみたいやわ。君の願い、ちゃんと叶えたる。今度こそ、本物の『女の子が超積極的な貞操逆転世界』に、案内したるわ。そこなら、彼女らみたいに面倒な執着もない。もっと軽くて、楽しい、君だけのハーレムが待っとるで?」
ロキの言葉は、悪魔の囁きのように甘く響いた。
そうだ、俺が望んだのはそれだったはずだ。面倒な感情のしがらみがなく、ただ純粋に女の子からチヤホヤされる、夢のような世界。
だけど……不思議なくらい俺の心は揺れなかった。脳裏に、彼女たちとの日々が走馬灯のように駆け巡る。
聖女の立場を捨ててまで、俺の裸に興奮し、不器用な愛情をぶつけてくれたセレスティア。彼女の淫らな妄想は、俺だけに向けられた特別なものだった。
孤独な過去を乗り越え、俺を「家族」だと言い、その全てを捧げようとしてくれたシノン。彼女の完璧な世話は、俺という人間を丸ごと受け入れたいという愛の形だった。
素直じゃない言葉の裏で、誰よりも俺を心配し、命がけで世界樹の葉を探し、俺の『婚約者』であろうとしてくれたシルヴィア。彼女のツンとした態度は、俺の前でだけ見せる、照れ隠しの甘えだった。
彼女たちの愛は、確かに重い。束縛も、監視も、独占欲も、普通じゃないのかもしれない。
でも、その重さこそが、俺を救い、支え、そして、今、俺の心をこれでもかと満たしていた。
俺は、ロキの目を真っ直ぐに見つめ返し、静かに、しかしはっきりと首を横に振った。
「……申し訳ありません。提案は嬉しいですが断らせていただきます」
「……ほう? なんでそう思ったんか、聞かせて?」
ロキ様の細い目が、興味深そうにわずかに見開かれる。
「俺が望んだのは、確かに『貞操逆転世界』みたいなモテモテな世界でした。でも、彼女たちと過ごして気づいたんです。俺はあいつらがいたから楽しかったんです。セレスティアがいて、シノンがいて、シルヴィアがいてくれる。そんな世界じゃなきゃ、意味がないんです」
俺は、ロキ様の生み出した結界の向こうで息を呑む三人の顔を、一人ひとり、愛おしさを込めて見つめた。
「あいつらの愛は、確かに重い。ヤンデレって言われても仕方ないくらい、めちゃくちゃです。でも、その重い愛が、俺はたまらなく嬉しいんです。俺のために嫉妬して、俺のために暴走して、俺のために必死になってくれる。そんなあいつらが、俺は……大好きなんです。だから、俺はどこにも行かない。この、勘違いから始まった最高の世界で、あいつらと一緒に生きていきたいんです」
それが、俺の答えだった。俺の、偽らざる本心だった。
その言葉を聞いた瞬間、セレスティアの瞳から大粒の涙が溢れ、シノンの無表情な顔がくしゃりと歪み、シルヴィアが顔を真っ赤にして俯いた。
「……くくっ」
沈黙を破ったのは、ロキの笑い声だった。やがてそれは、腹を抱えての高笑いへと変わる。
「くはははは! 最高や、勇者クン! あんさん、ほんまに面白いわ! なるほどなぁ……『貞操逆転世界』よりも、『愛しすぎた元仲間たちの激重ヤンデレハーレム』の方を選んだっちゅうわけやな!」
ロキは涙を拭うと、満足げに頷いた。
「ええわ。ボクは、あんさんのその答え、気に入った。なら、もうボクの出る幕はないな」
パチン、とロキが指を鳴らす。
その瞬間、俺たちを隔てていた透明な壁と、部屋を満たしていた神々しい光が、ガラスの砕けるような音を立てて消え去った。
元の、見慣れた俺の部屋。
静寂の中、最初に動いたのはセレスティアだった。
「カズキ様……っ!」
彼女は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、俺の胸に飛び込んできた。続いて、シノンとシルヴィアも、俺の体に必死にしがみついてくる。
「ご主人様……! どこにも、行かないで……!」
「ばか……! 本当に、心配したんだから……!」
三人の温もりと、震える声、そして、それぞれの甘い香りが、俺を優しく包み込む。
俺は、その三つの愛おしい体を、力いっぱい抱きしめ返した。
「ああ。もうどこにも行かない。約束だ」
窓の外では、いつの間にか月が優しく俺たちを照らしている。
俺の勘違いから始まった、甘くて危険なハーレムラブコメディ。その本当の幕は、どうやら今、上がったようだ。
★★★
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