第40話 少女たちの決意

「――なんや、勇者クン。せっかくボクが用意したった『甘い監獄』で、随分と悩んでるみたいやないの」


ハッと顔を上げると、部屋の窓枠に、月を背にして腰掛けた見慣れた青年の姿があった。糸のように細い目に、全てを見透かしたような胡散臭い笑み。



「ロキ様……!?」

俺をこの甘美なる地獄へと突き落とした張本人が、面白くてたまらないといった表情で、そこにいたのだった。

 

★★★

 


 その頃、屋敷の長い廊下で、三人の乙女は鉢合わせていた。

 エルフの里から戻り、一人で考え込むカズキの様子が気になって部屋へ向かっていたシルヴィアの前に、同じく彼の様子を窺っていたセレスティアとシノンが立ちはだかったのだ。



「シルヴィア様。デートはずいぶんと楽しかったようですね、まさかエルフの里にまでいくとは……」



 無表情ながらもシノンの瞳は全く笑っていない。彼女がどこまでやったかを見極めようとしているのだ。



「ええ、もちろんよ。カズキは私の故郷をとても気に入ってくれたわ。それに、パパとママにも正式に『婚約者』として挨拶も済ませたしね」



 シルヴィアは勝ち誇ったように胸を張る。その言葉に、シノンが氷のように冷たい声で切り込んだ。



「……ですが、ご主人様はひどく思い悩んだご様子でした。あなたが、何か余計なことを吹き込んだのではありませんか? 例えば、無理やり既成事実を作って迫ったとか」

「なっ……! 人聞きの悪いこと言わないでくれる!?  私はただ、素直な気持ちを伝えただけよ! そっちこそ、シノンはカズキを七日間も監禁して洗脳まがいのことをして、セレスティアだって泣き落としみたいな告白をしたって聞いたわよ!」

「泣き落としなどではありません。ただ、私は本当の気持ちを告げただけです。まあその……孤児院の子たちの力は借りてしまいましたが……」


 セレスティアは自分の気持ちを告げた時のことを思い出し赤面する。

 そして、それを火種に売り言葉に買い言葉。三人の間に、バチバチと激しい火花が散る。そして、会話の核心に触れた瞬間、三人は同時にハッとした顔で互いを見つめた。



「「「……あなたも、告白したのですか(したのね)?」」」



 静まり返った廊下に、三人の声が重なる。

 全員が、カズキに己の想いを伝えていた。その事実が、三人の間に重くのしかかる。自分だけが特別だと思っていた。抜け駆けに成功したと思っていた。だが、現実は違った。



「……どうりで、あいつ、悩んでるわけね」



 シルヴィアが、苦々しげに呟く。



「カズキ様は、私たちの想いを知って、どうお答えになるおつもりなのでしょう……」



 セレスティアが、不安げに胸の前で手を組む。



「……答えは、一つしかありません」



シノンが、静かに、しかし有無を言わさぬ口調で断言した。



「ご主人様ご自身に、直接お聞きするまでです。誰を選ぶのか、と」

 


 その言葉に、他の二人も覚悟を決めたように頷いた。ライバルではあるが、このまま宙ぶらりんの関係でいることの方が、よほど耐え難い。



 三人は視線を交わし、カズキの答えを聞くために、彼の部屋へと向かった。



 だが、部屋の前にたどり着いた三人が見たのは、固く閉ざされた扉と、その隙間から漏れ出す神々しいまでの白い光だった。そして、中からはカズキと、もう一人、聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。



『――まさか……この世界は、貞操逆転異世界なんかじゃなかったのか……?』

『やっと気づいたんか、勇者クン。あんさんの願いは『女の子が超積極的な貞操逆転世界』やろ? でもな、もっと面白そうな願いも言うてたやないか。『俺を愛しすぎた元仲間たちの激重ヤンデレハーレム』ってな。ボクは、そっちの方が面白そうやったから、あんさんらをちょっとだけ後押ししたっただけや』



 ロキの言葉に、セレスティアの顔からサッと血の気が引いた。

 カズキは、全てを知ってしまったのだ。自分たちの異常なまでの愛情表現が、世界の常識などではなく、ただのヤンデレともいえるほどの重い愛のの暴走だったということを。

 彼が今まで受け入れてくれていたのは、全てが「勘違い」の上になりたっていたから。その前提が、今、崩れ去ったのだ。


「なによ、この光……決壊か何かなの? 近づけないじゃないの」

「なんでしょうか……この胡散臭い輝きは……」

「まずいです!」


 シルヴィアとシノンが怪訝な顔をしている中、セレスティアは、かつてロキから与えられた神託を思い出し、恐怖に顔を歪めた。


「神様は、カズキ様の願いを叶えるとおっしゃっていた……!  この世界が彼の望んだものではないと知った今、本当に『そういう世界』へ、彼を連れて行ってしまうつもりかもしれません……!?」

「ご主人様が……どこかへ行ってしまう……?」

「冗談じゃないわよ! やっと、素直になれたのに……!」



 シノンとシルヴィアの顔にも、焦りと絶望の色が浮かぶ。カズキを失う。その想像を絶する恐怖が、三人の心を一つにした。

もう、躊躇している時間はない。


「絶対に、行かせません……!」

「当たり前よ!」

「ええ!」



 三人はアイコンタクトを交わすと、次の瞬間、シルヴィアが扉に向かって魔法の詠唱を始めた。



「吹き飛べ!!」



轟音と共に、重厚な扉が木っ端微塵に砕け散る。

部屋の中は、眩い光に満ちた異空間へと変貌していた。その中央で、呆然とするカズキと、面白そうに笑うロキが対峙している。


「カズキ様っ!!」

「カズキ!」

「ご主人様!」



三人は、躊躇うことなく、その神々しい光の中へと身を投じた。愛する男を、この手で掴みとるために。たとえ、その相手が神であろうとも、絶対に引き渡しはしないという、狂おしいまでの決意を胸に。



★★★



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