第8話 聖女が脳を焼かれた日(ヒロイン視点


 あれは、魔王の脅威が日増しに強まっていた頃だった。


 王都の大聖堂には『勇者』を名乗る者たちが、ひっきりなしに訪れていた。それはどこかの国の騎士だったり、冒険者だったりと様々な人種がいた。聖女である私の役目は、彼らに神の祝福を授けることである。

 祝福と言っても少し運がよくなるくらいのおまじないみたいなものだ。だけど、彼らの目的はそれだけではなかった。



「あんたが聖女かぁ、この俺が必ずや魔王を倒してやるよ。褒美はあんたがいいな」

「なんと美しい……あなたの祝福を受けることができて私は幸せです。あなたに私の剣をささげましょう」



 そう、先代勇者が聖女と結ばれたこともあり、魔王を倒し正式に勇者として認められたら私を自分のモノにできるとおもっているのだ。


 彼らのほとんどは、その瞳に傲慢さや下劣な欲望を浮かべていた。『勇者』という立場に驕り、私を戦利品か何かのように見るものか、聖女としての信仰し、私に存在しない理想をおしつけている者ばかりだった。

 私は聖女の微笑みを仮面のように貼り付け、ただ儀式的に祝福を授けるだけの日々を送っていた。

 正直、きつかったしどんどん男性が苦手になっていった。



 そんなある日、彼が……ホムラカズキは現れた。

 他の勇者たちのように自信満々なわけでもなく、かといって卑屈なわけでもない。ただ、場違いな場所に放り込まれたような、戸惑いと緊張の混じった表情を浮かべていた。

 そんな彼は私を見ると一言……



「うお、聖女様ってどんな人か気になっていたけど、すっごい可愛い人だな……」



 その言葉に私は失望を覚える。



 異世界から召喚された勇者だからと少し期待してましたが、この人も他と同じなのですね……

 


 そう思いながら、私はいつものように彼を祝福しようと前に進み出た。



「聖女様、俺はあなたに謝らなくちゃいけないことがある」

「……なんでしょうか?」



 その言葉に少し興味をもった。

 なぜならば、私の前に立つ彼の瞳は、他の男たちのように私の容姿を品定めするような視線ものではなかったのだ。そして、真っ直ぐに私の瞳を見つめ、……深々と頭を下げたのだ。



「聖女様。俺は、勇者なんて言われているけど、この世界のことなんて何も知らないし、正直、魔王を倒せるかなんて自信もない。でも、俺を信じてくれている人がいるから頑張りたいってだけの情けない男なんだ。そんな俺でも魔王を倒せる可能性があるのなら、あなたの力を貸してください。お願いします」



 その声に、嘘や見栄は一切なかった。ただ、世界を救うことへの、あまりに純粋で、不器用な決意だけが込められていた。

 


 自分の世界でもないのに何でこの人は真剣な目で魔王を倒すと語るのでしょうか?



 それは幼いころに聖女に選ばれ純粋な信仰心と不安でいっぱいだったときの自分と重なって……ドクン、と心臓が大きく跳ねた。


 この人は、違う。今まで会ってきた、どの『勇者』とも違う。聖女の直感のようなものだろうか、そう思えた。

 けれど、男性への苦手意識と、聖女という立場が邪魔をして、私は気の利いた言葉をかけることができなかった。



「……神のご加護があらんことを」

「ありがとう。このお礼はいつか必ず!!」

「……はい」



 そう短く告げて、顔を背けてしまった。本当は、もっと何か言いたかったのに。頑張ってください、とか、私も協力します、とか。だけど私は一歩が踏み出せなかった。だって、彼の顔がまぶしかったのだ。教会の命令に従っているだけではなく、善意で世界を救おうとしている彼の瞳が……


 その日から、私の心の中には、ずっと小さな棘が刺さったままだった。

 その棘が、狂おしいまでの恋心へと変わったのは、それからしばらくしてのことだった。





 地方の教会への視察の帰り道、私は護衛の騎士たちと共に、魔物の群れを率いた高位の魔族の急襲を受けた。騎士たちは次々と倒され、私はなす術もなく捕らえられた。魔族は私を『生贄』として、自分たちの力を高める儀式に使おうとしたのだ。

 魔族と魔物しかいない古びた神殿で私は絶望と共に嘆くしかできなかった。



「誰か……助けて……」

「はは、どうしたんだ。聖女さまよぉ。神様が助けてくれるんじゃないのかぁ? ほら、もっと願ってみろよぉぉぉ」



 私が悲鳴をあげるたびに魔族が嘲りの笑みを浮かべる。最初の方は何人もの騎士や冒険者が助けようとしてくれたが圧倒的な力を持つ魔族に倒されて行き、やがてここを訪れるものはいなくなった。



「どうやらお前は見捨てられたようだなぁ!! 人間どもはお前を助けるよりも自分の守りを固めることを優先したらしいぜぇ」

「そんな……」



 ありえない……とはいえなかった。しょせん自分は人より優れた魔力をもつだけの女だ。あれだけ私をほめたたえていた人間も祝福を与えた人間も自分の命を犠牲にしてまで助ける気はないということなのだろう。

 ずっと握っていたロザリオももうすっかり汚れてしまって光を失っている。



「ああ……私の人生って何だったんでしょうか……」



 教会の命令でずっと勇者に祝福を与え続けて最後には見捨てられて死ぬ。その現実に涙があふれてくる。

 それにずっと疑問に思ってたことがある。聖女が人を救う存在にならば、聖女を救うのは誰なのだろうと。


 聖なる力は封じられ、死の恐怖に体が震える。もう駄目だ、と諦めかけた、その時だった。

 私と魔族の間に一人の青年が飛び出してきた。



「はは、最初の威勢はどうしたぁ? 神様がたすけてくれるんだろぉ」

「そうだな、だから、神の使者である勇者様がきてやったぜ!!」

「なんだ、お前はぁぁぁ!?」

「シルヴィア!! いまだ。お前が無駄に自慢している禁呪の力をみせてくれ」



 青年は……カズキさんが後ろの方に声をかけると、美しいエルフの少女が顔をだした。

 


「誰が無駄に自慢したっていうのよ!! 天才である私が力を誇るのはあたりまえでしょう!! 光の精霊よ、闇を焼き払え!!」



 その一言と共に周囲の地面に魔方陣が描かれると光が満ちる。聖女である私にはわかる。これは破邪の魔法だ。

 だが、これほどまでの力は初めて見た。



「何者だ、貴様ぁ!!」

「マジかよ。シルヴィアの魔法を耐えるってのか!!」



 驚いて目を開けた私の目の前にいるのは破邪の魔法によってボロボロになった魔族と、無傷のカズキさんだった。魔物は全滅したようだ。

 彼は傷口をおさえている魔族の隙をついて私を抱きしめて、距離を取ってエルフの少女と合流する。



「シルヴィア、もう魔力を使い切ってつらいかもしれないけど、彼女に応急処置を!! あとは俺がやる!!」

「はいはい、私がたっぷり弱らせたのよ。負けたら許さないんだからね」



 カズキさんとシルヴィアと呼ばれた少女の話に私は気力を絞って割り込む。



「ダメです……この魔族はただの魔族ではありません。四天王の一人グラシャ=ラボラスです!! 人間が勝てる相手では……」

「そうかよ。でもさ、助けを求めている女の子を助けるのが勇者だろ!!」

「ですが、私は聖女で……」

「君だって聖女である前にただの少女だろうが!!」

「私が……ただの少女……」



 その一言に涙があふれた。それは聖女になってからずっとほしかった言葉で……聖女ではないただの私を私だと認めてくれる言葉だった。



「茶番はおわったかぁぁぁ?」

「ああ、会話する時間をくれるなんて随分と優しいんだな。ついでに見逃してくれない?」



 目の前の魔族はカズキさんの軽口ににぃぃぃーーと悪魔のような笑みを浮かべた。



「俺様の名はラシャ=ラボラス。殺戮を愛し、全てを破壊する者。お前らに下らん希望を与えそれを破壊した方が楽しいからなぁぁ!!」

「はは、良くない趣味だな。よく陰キャって言われない? 部下にも絶対嫌われていると思うぞ!!」

「はは、ほざくがいい!! 強がっているがわかるぞ。先ほどのはそのエルフの全魔力を使った魔法だろう? 聖女の力も封じている。もはやサポートは期待できまい。せっかくだ、女どもの前でたっぷり嬲り殺してやろう。そして、次はそいつらをいたぶるとしようか」

「だったら、余計負けられないな。俺は勇者だからさ!!」



 そして、始まった戦いは熾烈を極めた。

 彼の体は何度も切り裂かれ、血を流し、骨が軋む音まで聞こえた。それでも、彼は倒れない。私たちを守るように、何度も、何度も、立ち上がった。

 


「お前ぇぇぇぇ、一体何者だぁぁぁ、なぜ、死なない?」

「はは、神様のくれたチートスキルってやつだよ。すごい、再生力だろ? まあ、普通に痛いし、限度を超えれば死ぬんだけどな」



 聖女である私にはわかった。あれは本当にただの再生スキルだ。彼の言う通りに普通に痛みは感じるだろうし、再生にも限界はあるのだろう。

 だが、それでも彼が怯むようするを見せない。



「な、ぜ……。わたくしのような者のために、どうして、ここまで……!」

「今、あなたがいっても足を引っ張るだけよ、わかるでしょう?」

「ですが……」

「あいつは……困った人がいたらほうっておけない。そういうやつなの。しょうがないやつよね」

 

 思わずかけようとした私をエルフの少女が押しとどめて肩をすくめる。しかし、その瞳には信頼があった。彼ならば必ず勝つという信頼が。

 


「なんで、一度あっただけの私のためなんかに命をかけられるんですか!!」



 絶望の中で、私は叫んでいた。

 すると、血を拭いながら振り返ったカズキさんは私を安心させるようにほほえんみこういったのだ。



「俺は勇者になるって誓ったからな。それに、君は俺に祝福をくれたじゃないか? 恩人が助けを求めている人がいるんだ。戦うに決まってるだろ」

「カズキ……さん……」



 その姿がかつて憧れた英雄譚の勇者と重なる。子供の時に聖女に選ばれた時に私の勇者はどんな人なのだろうというドキドキを思い出す。



「今のかっこよくなかった? 惚れてくれてもいいんだぜ」

「はいはい、かっこつけてるんじゃないの……負けたら許さないんだからね!!」



 そんな風に軽口を言う彼にエルフの少女も心強そうにわらう。それを見て、私の胸が熱くなった。

 彼の傷だらけの背中が、世界の何よりも大きく、尊く見えた。ああ、この人だ。私がずっと待ち望んでいた、本当の勇者は。



 そして、辛くも魔族を退けたカズキ様は、力尽きたようにその場に崩れ落ちた。私は泣きながら、彼の体に駆け寄り、必死に治癒魔法をかけた。魔族が去ったからだろう、力の封印は解けていた。

 初めて触れる男性の体。そこに嫌悪感など微塵もなく、ただ、この温もりを失いたくないという想いだけが溢れて、止まらなかった。



「死なないで……お願い……カズキさん……!」

「大丈夫だよ。俺は頑丈さにだけは自信があるからな、だから、泣き止んでくれ、聖女様」

「聖女じゃないです……セレスティアです。セレスティアと呼んでください」



 この人に聖女と呼ばれるのはなんだか嫌だった。名前で……セレスティアと知ってほしかったのだ。



「ああ、わかったよ、セレスティア……なんだか可愛い女の子を呼び捨てって緊張するな」

「カズキさん……」

「私のことは最初っから呼び捨てだったじゃないのよ……」



 カズキさんのジョークにシルヴィアさんが突っ込みいれているがろくに耳はいらなかった。かわいいといわれてうれしく思ったのは初めてだった。

 そして、この時、私は誓ったのだ。

 勇者であるこの人を支えるのが自分の使命であると……




 ★★★



「……カズキ様」


 バルコニーの冷たい手すりを握りしめ、私は現実へと意識を戻す。


 あの日の誓いは、今も私の胸で熱く燃えている。


 彼がハーレムを望むのなら、叶えてさしあげましょう。彼が悲しむ顔など、見たくないから。

 でも、それは、カズキ様に相応しい、清らかで、献身的で、彼だけを愛せる乙女たちでなくてはならない。



「わたくしが、選定しなくては……。カズキ様のハーレムに侍るに値するかどうかを」



 そう、シノンさんとも話さなければ。彼女もまた、カズキ様に救われ、心を捧げた一人。彼女となら、きっと……いいえ、彼女は最大の恋敵。協力はするけれど、決して正妻の座は譲らない。



「ふふ……ふふふ……」



 自然と、笑みがこぼれる。

 カズキ様、あなたはもう、どこにも行かせません。

 わたくしたちが作り上げた、この『愛』という名の鳥籠の中で、永遠に守られ、愛され続けるのです。



「あなたのためのハーレム……わたくしが、最高の形で作ってさしあげますからね。ただし、正妻は私です!!」



その瞳は、聖女の慈愛とは似て非なる、昏く、どこまでも深い独占欲の炎に燃えていた。

 月の光が、恍惚に歪む聖女の横顔を、妖しく照らし出していた。



★★★


 思ったよりも長くなってしまった……


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