第9話 専属メイドの指導
ゴブリン退治から一夜明け、俺は自室のベッドで目を覚ました。体はまだ少し重いが、魔王と戦った後と比べれば天国のようなものだ。
のそりと体を起こすと、部屋にはすでに香ばしい匂いが漂っていた。
「カズキ様、お目覚めになられましたか。朝食の準備ができております」
声の主は、いつの間にか部屋に入っていたシノンだった。彼女は銀色のカートを俺のベッドサイドまで運び、手際よくテーブルセッティングを始める。
専属メイドとはいえ主の部屋にかってに入るのは本来はありえないのだが……これも貞操逆転異世界だからだろう。相当手厚く保護されているようである。
「おお、シノン。いつもすまないな」
「いえ。あなた様のお世話をすることが、私の喜びであり、存在意義ですので」
そう言って、彼女はスープ皿に注がれた黄金色のコンソメスープをスプーンですくい、俺の口元へそっと差し出した。昨日と同じく甲斐甲斐しく「あーん」をしてくれる。
「ん……美味しいし、なんか疲れがとれるみたいだ」
「昨日の戦闘による疲労と、体力の消耗を考慮し、滋養強壮と解毒作用のある薬草をブレンドしました」
「すごいな、シノンのご飯をずっと食べられる人はしあわせだろうな」
「また、この人はこういうことを……」とシノンが小声で呟いたのが聞こえたが、きっと照れ隠しだろう。この世界の女性は、褒め言葉に慣れていないのかもしれないな。
俺がちょっとにやりとしていると、シノンは無表情のまま、次のスプーンを差し出しながら、静かに口を開いた。
「ところで、カズキ様。あなたが『ハーレム』をお望みというのは、本当でしょうか?」
「ぶっ!?」
思わずスープを噴き出しそうになった。げほげほと咳き込む俺の口元を、シノンは慣れた手つきでナプキンで拭う。
「もう、はしたないですよ。火傷でもしたらどうするんですか」
「な、なんでそれを……いや、セレスティアからか。そうだよ、男の夢だからな!」
バレたものは仕方ない。俺は開き直って胸を張った。そうだ、ここは貞操逆転異世界。男がハーレムを望むのは、きっと当然の権利なのだ。
当然だよな……?
「……そうですか。理解いたしました」
シノンは一瞬、何かを考えるように目を伏せたが、すぐに顔を上げ、いつも通りの無表情に戻っていた。だが、その瞳の奥に、ほんの一瞬、チリッと燃えるような光が宿ったのは気のせいだろうか?
「でしたら、そのハーレム計画、このシノンが全面的にサポートさせていただきます。領主様の伴侶を選定し、生活の全てを管理するのも、専属メイドの重要な務めですので」
なんて話のわかるメイドなんだ! 俺が感動に打ち震えていてしまう。
「え、本当か!? 助かるぜ。なんならシノンも入るか?」
「お言葉はありがたいですが、私はあなたの専属メイドという仕事がありますので。それに……私のような穢れた血はふさわしくありません」
冗談っぽく聞いてみたが流されてしまった。最後は小声だからわからなかったが、きもいとか言われてないよな?
やはり、貞操逆転異世界だから丁寧になっただけで好感度は変わっていないんだな……あの時セレスティアをハーレムに誘ったりしたら凄い拒絶されるところだっただろう。あぶない、あぶない。
「ですが、ハーレムを作るのならば、腕っぷしだけではなく、領主として教養を深めることにより多くの女性の心を射抜ける思います。書庫にある本をいくつか読んでみましょうか?」
「ああ、せっかくだから一緒に行こう」
そういって、シノンと共に書庫へと向かう。そこにはいくつもの本棚がずらりと並んでいる。元々ラノベとかにはまっていたし、本を読むのは好きなのだ。
以前は魔王退治に必死でろくに本も読めなかったが異世界の英雄譚やおとぎ話は気になるな。
「カズキ様、領主として教養を深めることは必須です。こちらの歴史書を」
「うへぇ、難しそうな本だな……」
だが、シノンが差し出したのは、分厚くてどう見ても面白くなさそうな本だった。俺がうんざりした顔をすると、シノンはわずかに眉をひそめる。
「これもあなた様のためです。民を導く者は、相応の知識と品格が求められますので」
そして、色々な本を読みわからないことを聞くと彼女は根気よく教えてくれた。これじゃあ、彼女はメイドと言うよりも家庭教師だな……と思うくらいに。
夕方になり、彼女お手製のサンドイッチを平らげれ一息ついた時だった。
「これで今日は終わりだよな……」
げんなりとしながらぼやくと、彼女が無表情のまま笑みを浮かべる。
「うふふ、頑張りましたね。せっかく書庫に来たのです。勉強ばかりではあれですし、何かお好きな本も読んでみてはいかがでしょう?」
「ああ、いいな。これとかどうだろ? 前に図書館で見て気になってたんだよ」
「これは……『月夜の恋物語』ですか」
「魔族と人間の恋物語だったか。禁忌の恋ってロマンがあるよな」
俺が軽い気持ちで言うと、シノンの動きがピタリと止まった。彼女の顔からスッと表情が消え、その瞳に深い影が落ちる。
「……そのような物語は、ただの絵空事です。現実にはありえません」
シノンの声は、氷のように冷たかった。いつもの無表情とは違う、明確な拒絶と、どこか自嘲するような響きが混じっている。
「それに、魔族の血は穢れています。清い人間と交わることなど、決して許されるべきではない。勇者であるあなた様のような方が、そのような低俗な物語に興味をお持ちになるのは……感心いたしません」
そう言う彼女の顔は、いつになく悲しそうに見えた。その表情は言葉とは裏腹にまるで否定してほしいようで……
だからだろう、ぽつりと本音が漏れる。
「そうか? 俺は血筋よりも、性格とか相性とかがあう相手っていう方が大事だと思うけどな」
「……え?」
シノンはなぜか信じられないというように俺の顔を見る。
「だって、そうだろ。せっかく一緒にいるんだから一緒に楽しんだり、くだらないことを話せる相手の方がいいよ、セレスティアやシノンみたいにさ」
「カズキ様……」
なぜだろう、俺の言葉を聞いたシノンはいつもの無表情ではなく驚きと嬉しさがまじったような顔でこちらを見つめるのだった。
★★★
自分を魔族の混血としらないカズキ君の言葉にシノンはどう反応するのか?お楽しみに。
無意識に口説いているな、こいつ。
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