第7話 真実の魔族と勘違い勇者

 アスタロトは俺をみて楽しそうに笑う。



「はは、滑稽だな勇者よ。その聖女が貴様に抱く感情は英雄への尊敬の念などではない。ただの雌の独占欲と己の汚れた欲望を囁いているだけだぞ。具体的に言うと夜な夜な貴様を想い自分慰めて……いや、結構エグいな! 私でもひくぞ?」

「なっ……何をわけのわからないことを!! セイクリッドアロー!!」

「ははは、図星かな? 魔法にも動揺が見える、そしてそれは我が好物であり力となる!!」



 セレスティアが激昂と共に光の矢を放つが、それはアスタロトの目の前であっけなく霧散する。

 ゴブリンを瞬殺する彼女の力をこんなにもあっさりと吸収するとは……



「カ、カズキ様、あの魔族の言ったことはですね……」

「大丈夫だ、セレスティア。君が聖女としての優しさから俺を守るために一緒にいてくれているのはわかっている。こんな魔族の戯言に惑わされたりはしないさ」

「うう……無垢な瞳がつらい……信頼されているのは嬉しいですが、私のアプローチは全然ひびいていなかったんでしょうか……」



 いわれのない言いがかりに、怒りのためか顔を赤らめていたセレスティアに声をかけると、なぜか胸を抑えて苦しそうに顔を背ける。よほどアスタロトの言葉がショックだったんだろうな。



「これ以上変なことを言って、動揺させようとしても無駄だぞ!  セレスティアみたいな清らかな心の持った少女をお前みたいな奴が勝手に語るな!」

「カズキ様……私のためにおこってくださって嬉しいけど悲しいですぅぅ!! というか罪悪感がすごいです……」



 俺が本気で怒鳴ると、セレスティアは小声で悲鳴をあげている。

 それも無理はないだろう。この世界では、男は女性から愛を捧げられる存在。聖女である彼女は貴重な男を守っているだけなのに「独占欲」だの「汚れた欲望」だのと言い換えるなんて、この悪魔はなんて失礼な奴なんだ!


 だか、俺の怒りを見たアスタロトは、くつくつと喉を鳴らして笑い、今度はその赤い瞳を俺に向けた。



「くははは、元勇者よ、貴様の思考も見えるぞ!!  世界を救ったお前が望んだのは『女性に無茶苦茶モテたい』『ハーレムを作りたい』という、あまりに俗な願いだろう?」

「それの何が悪い!!」

「別に悪くはないさ。だがな、この女たちがお前に向けるのは『無償の愛』などではない。世界を救った英雄という、稀少な男を手に入れたいだけの醜い『執着』だ! この世界は、お前が夢見るような都合のいい楽園などでは、断じてないぞ? 貴様も気づいているのではないか? 女どもが貴様に抱く重い気持ちに!!」



 アスタロトの言葉は、まるで真理そのものであるかのように、洞窟内に重く響き渡った。

 確かに目覚めてから、あれ? この子たちって俺のことを好きなんじゃ? とか、仮に好きでもヤンデレっぽいな……と思うことはあった。

 だが、こいつは知らないことが一つある。



「……はっ、お前は何か勘違いしているようだな」

「……何?」



 今度はアスタロトが眉をひそめる番だった。俺は奴をまっすぐに見据え、自信満々に言い放った。



「そりゃそうだろ!  俺は誰かに無償の愛をもらえるほどできた人間じゃないさ、けど、この貞操逆転異世界じゃ俺のような存在(男)は貴重な宝なんだから、女性が俺に『執着』するのは当たり前だ!  むしろ、それくらい重い気持ちじゃなきゃ、男を守り抜くことなんてできないだろ?  たがら当たり前のことなんだよ!! お前には理解できないだろうがな!」

「な……に……? 一切の動揺がないだと……? それに貞操逆転異世界とは何だ?」



 アスタロトの完璧なポーカーフェイスが、初めて崩れた。

 相手は動揺させようと甘言を告げたつもりだったが、動揺すらしない俺に驚いているようだ。この男の敗因は一つ『貞操逆転異世界』を知らなかったことだろう。



「カズキ様……あなたは私が抱くこのような気持ちを肯定してくださるのですか? 迷惑ではありませんか?」



 セレスティアが震える声で問いた言葉に笑顔で頷く。こんな世界で希少な男に執着するのは当たり前だからだ。



「当然だろ! それにセレスティアの気持ちは迷惑なんかじゃない。むしろ嬉しいぞ、だから、これからも俺を支えてくれ!!」

「ああ、私の……この醜い執着ごと、あなたは信じて、肯定してくださるのですね……! ああ、やはりあなたは、貴重な存在(勇者)です。私の勇者様……!」



 その時、俺の背後でセレスティアが感極まったような声を上げた。振り返ると、彼女は涙を浮かべ、恍惚とした表情で俺を見つめていた。



「セレスティア、サポートを頼む!!」

「はい、私にお任せください」



 その一言と共に周囲がまぶしく輝く。セレスティアが張ってくれた結界だ。だが、その位置は絶妙に、アシュタロトだけでなく、檻の中の少女からも俺を隔てるように配置されていた。



「流石だ、セレスティア!! 少女を人質に取られないように、先に守りを固めてくれたんだな」

「はい……あなたの障害になりそうなものからは何でも守って見せますから。世界を敵に回してでも!!」

「ほう……なかなかやる!!」



 やたらと重い言葉に俺が感心している間に、アスタロトは結界に弾き飛ばされ、体勢を崩す。その隙を、俺が見逃すはずもなかった。

 一気に距離を詰め、ゴブリンが手にしてたさびた剣を拾ってアスタロトに斬りかかる。



「面白い……面白いぞ、人間の勘違いと執着は!  だが、これで終わりと思うなよ!」



 アスタロトは俺の攻撃を辛うじて防ぎながらも、その口元には愉悦の笑みが浮かんでいた。



「元勇者よ! そのおめでたい夢が、いつか絶望に変わる日を楽しみにしているぞ!」

「そんなときは一生こないっての!! あの世でほざけ!!」



 それが最後の一言だった。心臓を貫かれたアスタロトはそのままその体が黒い霧のようになって消えていく。

 そりゃあ、魔族は多少は手ごわいかもしれないが、魔王に比べたら敵ではない。



「これは……」

「おそらく分身だな。魔族のよく使う手だ。だが、貫いた時に聖なる力を込めておいた。しばらくは自由には動けないだろう」



 俺は少女の入った檻に近づき、その扉を力任せに引きちぎる。



「大丈夫かい? もう安心だぞ」

「あ……ありがとう。お兄ちゃん!」


 助け出された少女は、安堵の涙を浮かべ、感謝の気持ちからか、俺にぎゅっと腕を伸ばすと抱き着いてくる。



「な……抱きしめてもらってずるいです……」

「お兄ちゃん。また助けてくれてありがとう!! よかったら、私もハーレムってやつに入ってあげるよ」

「うおおお……嬉しいことを言ってくれるな」



 予想外の言葉に俺は感動していた。さすがに子供は対象外だから断るが、こんな子にまで求愛されるとは貞操逆転異世界おそるべしだぜ。



「ご無事で何よりです。ですが、顔に疲れが見えますね。さあ、聖女であるわたくしが、聖なる力でその恐怖を清めてさしあげましょう」



 笑顔のセレスティアは少女を優しく抱き寄せると、俺から引き離すようにしてその背を撫で始めた。



「えー、私はこのままでよかったのに……」

「カズキ様はお疲れなのです。わがままを言ってはいけませんよ」

「はーい、このお姉ちゃん笑顔なのに怖い……」



 さすが聖女様だ。魔族に怯えている子供を安心させるのが上手いな

 俺が一人で納得していると、セレスティアが俺にだけ聞こえるように耳元で囁いた。



「カズキ様……先ほどの魔族の言っていたことですが……その……カズキさまはハーレムを作りたいのですか?」



 ぞくりと何やら寒気がしたのは気のせいだろうか? 確かにこの世界は貞操逆転異世界だ。だが、ハーレムがオッケーかは確認していなかった。

 いや、俺はロキ様に確かに願ったのだ。問題はないはずだ。



「ああ……わがままかもしれないけど、これまではモテなかったからな。せっかく勇者になったんだし、ハーレムくらい夢見ちゃだめかな?」

「……」



 一瞬セレスティアの瞳からハイライトが消えたのは気のせいだろうか? そして、無言で何やら考え込む彼女をおそるおそる見つめていると、ようやく口を開いてほほ笑んだ。



「いえ、素晴らしいことだと思います。カズキさまは貴重な存在ですからね。ですが、ハーレムを作るにしても人数はある程度絞った方がいいと思います」

「ああ、もちろんだ。俺も女の子なら誰でもいいわけじゃない。相思相愛な相手でハーレムをつくりたいからな」

「なるほど……理解しました。それでは戻りましょう。これからの事をシノンさんとも話さねば……」

「ああ、そうだな、魔族がいたんだ。周囲の警備を強化しないとな」

「いえ、そんなことはどうでもいいのです。カズキ様のハーレムについてが第一です」

「え? それってどういう……」

「全ては私たちにお任せください」



 妖艶な笑みを浮かべ俺の腕に絡みつくセレスティアの柔らかな感触に、思わず顔が熱くなるのを感じた。

 すげえ、ハーレムとかクズ発言をしたのに好感度が下がっていない。むしろ、率先してハーレム作りを手伝ってくれるなんて……



「あなたの望みはちゃーんと叶えるのでご安心くださいね」

「え? あ、ああ。ありがとう。この世界の女性は本当に献身的で、世話焼きなんだなあ……」

「お姉ちゃん……目がこわいよ」



 こんな時でも男のである俺の願いを優先しようとしてくれる彼女に感謝する。しかし、なんで助けた女の子はセレスティアを見てふるえているのだろうか?


★★★



「ハーレムですか……ええ、わかっていましたよ。私だけが独占できるはずないなんて……ですが、正妻をねらうくらいはいいでしょう?」



 少女を親の元に戻してカズキと別れたセレスティアはほほを膨らませつつも今日の事を思い出していた。目を覚ましたカズキ様はかつてよりも少し明るくなっていたが、まさかハーレムを望んでいたとは……

 一瞬胸の中を黒いものが支配するが、なんとか抑える。



「それにあなたは私のこの気持ちを肯定してくださった。それだけでいいいのです」



 アスタロトという魔族が暴露したあの人への執着。そして、愛されたいという気持ち。

 彼に知られた時は死にたくなったものだ。だけど彼はそれを受け止めてくれた。嬉しいと言ってくれた。それだけで胸が暖かくなる。

 私の気持ちは伝わってくれたということなのだろう。ハーレムというのは少しだけ、本当に少しだけもやっとするけれど。



「それにしても、あなたの本質は変わりませんね。困った人がいたら助け、魔族が相手でも一歩も引かない……私の時と同じです。だから私はあなたが大好きなんです」


 少女の親にお礼を言われて照れ臭そうにしていた彼を見て、胸が暖かくあるのを感じる。ああ、彼こそが勇者なのだと。

 セレスティアはカズキのいる部屋を見つめ彼に救われた時をおもいだすのだった。





⭐︎⭐︎

 アスタロトの言うことの方が正しいのに……ハーレム発言したカズキの運命はどうなるのか?


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