第6話:翔の回顧とハワイの孤独
◇シーン1:ハワイの逃避行と募る焦燥◇
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ハワイ。
抜けるような青空と、どこまでも続くエメラルドグリーンの海。
波の音が心地よく響く、高級ホテルのスイートルーム。
しかし、中村翔の心は、この眩しい景色とは裏腹に、深く沈んでいた。
キン、と氷の触れ合う音をさせながら、グラスに注がれたウィスキーを喉に流し込む。
アルコールの熱が喉を通り過ぎるたびに、日本の喧騒と、自分を追い詰める現実から一時的に逃れられたような錯覚に陥る。
だが、それも一瞬のこと。
脳裏に浮かぶのは、雄大の記憶が回復するかもしれないという恐怖、尽きかけているネタ、そして何よりも、加藤明奈との不倫が妻、白石美波にバレたことによる家庭崩壊の危機だ。
『逃げてきたのは、正解だったのか…』
窓の外に広がる楽園の風景は、今の翔にはただ虚しく映るだけだった。
すべてが始まったのは、あの大学時代だ。
◇シーン2:天才との出会いと才能の独占◇
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大学の文芸サークル室。
薄暗い部屋で、翔は自分が書き上げた小説の原稿を広げていた。
文章の一つ一つには自信があった。
緻密な描写、練り込まれた心理描写。
だが、決定的に欠けているものがあった。
「中村、お前の文章はすごいな!まるで絵を見ているみたいだ!でも、これ、話の展開がどこに行くのか全然わかんねぇんだよな!」
快活な声が響き、そこにいたのが岡山雄大だった。
当時から破天荒で、アイデアを口にすれば無限に溢れ出すような男。
翔とは正反対の存在だった。
雄大は翔の原稿をひょいと手に取ると、読み始めた。
数分後、彼はあっけらかんと言った。
「これさ、ここにこういう展開ぶち込んでみたらどうだ?そしたら一気に面白くなるだろ!」
雄大は、まるで魔法のように、翔の物語に命を吹き込む「アイデア」を与えた。
その軽やかな発想力は、翔の凝り固まった思考では決して辿り着けない領域にあった。
雄大の添削と、彼の口から次々と飛び出す物語のプロット。
それを取り入れることで、翔の作品は驚くほど生命力を持ち始めた。
そして、翔の作品がコンクールで大賞を受賞し、商業的成功を収めた日。
授賞式の壇上で、フラッシュを浴びて仮面のような微笑みを作る翔の脳裏に、雄大の屈託のない笑顔が浮かんだ。
『この才能は、俺が独占するしかない…!』
翔の胸に湧き上がったのは、達成感と同時に、底知れぬ嫉妬と恐怖だった。
雄大の才能は、あまりにも眩しく、そして予測不可能な広大さすら感じさせる。
もし彼が本気で書けば、自分などあっという間に追い抜かれる。
それは、翔にとって耐え難い恐怖だった。
その夜、翔は明奈を呼び出した。
「明奈、頼みがある。雄大の才能を、俺だけのものにする手伝いをしてほしい」
翔は、雄大のアイデアを自分名義で発表し続けるための、ゴーストライティングのシステムを明奈と共に構築し始めた。
「翔のためになるなら私はなんだってできるわ。雄大だってそのほうが幸せよ、きっと」
明奈は翔への秘めたる想いと尊敬の念、そして共に親友でもある雄大が傷つくことを恐れる気持ちから、その密約を受け入れたのだ。
◇シーン3:積み重なる嘘と孤独なハワイ◇
***
グラスに残ったウィスキーを一気に飲み干す。
あの時から、翔は常に嘘で塗り固めた砂城の上に立ってきた。
雄大のアイデアを盗み、自分の作品として発表し続けることで、翔は「国民的脚本家」の地位を確立した。
しかし、その過程で、翔は自身の新たなるものを生み出す力を喪失していった。
細部を描写する能力こそ以前のままだが、いつしか、自分でゼロから物語を生み出すことなど、できなくなっていた。
そして、雄大が事故で記憶を失った時。
翔の胸に浮かんだのは、安堵と同時に、新たな欲求だった。
『これで、岡山を完全に俺の支配下に置ける…!』
早速、明奈やテレビ局のコネを使い、翔は記憶のない雄大を自身の共同執筆者として引き入れた。
しかし、雄大が「無題ノート」なるものを持っていることを明奈からの密告で知ることになる。
そして、美琴の存在。
美琴は、かつて夢を諦めかけて高校教諭をしていた頃の翔を知る人間であり、当時自身で書いていた小説の草稿も読んでいる。
姉の美波と結婚してからは、その瞳は常に何かを探るように翔を見つめていた。
さらに、明奈との関係が露見したことによる美波の罵声、そして築き上げたコネクションの崩壊への予兆…。
執筆で感じる危機感、何より記憶を失ってもなお輝きを放つ雄大の脚本。
これらすべてが、翔をこのハワイへと追いやったのだ。
携帯電話が震える。
生瀬からの着信だった。
とても出る気にはなれない。
もう誰も信用できない。
誰にも頼れない。
このハワイの空の下、翔は孤独だった。
『俺は…一体、どこで間違えたんだ…?』
グラスを握りしめる翔の手は、微かに震えていた。
(第6話 終)
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