第7話:噴出する過去と迫る真実
◇シーン1:新たな執筆と「先生」の影◇
***
雄大の部屋。
生瀬から依頼された帯ドラマの脚本執筆が始まった。
雄大は「無題ノート」を手に取る。
今回彼が破ったのは、『生徒と教師と小説と』と題された袋綴じのプロットだった。
『文芸サークル…いや、今はこっちの方がいい』
彼が選んだのは、自身の大学時代のサークル仲間との因縁よりも、美琴の言葉からヒントを得た、高校時代の「教師と生徒の恋」をテーマにしたプロットだった。
しかし、雄大が書き始めたのは、禁断の恋物語ではなかった。
物語の主人公は、夢を諦めかけた国語教師。
彼は高校の文芸部で、小説に夢見る一人の少女と出会う。
教師は少女の瑞々しい感性とひたむきな情熱に触れ、忘れかけていた創作へのときめきと、再び筆を執る勇気を与えられる――。
雄大は、まるで何かに導かれるように筆を進めた。
具体的なセリフや情景描写が、以前にも増して鮮明に浮かんでくる。
そして、その内容を最も動揺させ、動かすことになったのは、白石美琴だった。
放送されたドラマを観た美琴は、雄大の部屋を訪れるなり、目に涙を浮かべていた。
「岡山さん…これは…」
美琴は震える声で呟く。
「設定は全てフィクションにされていましたけど、これ、中村先生と…私の話ですよね?」
美琴が高校の文芸部の生徒、中村が国語教師だったこと、そして彼女が中村の小説に心ときめいていたこと。
ドラマに描かれた情景は、全てが美琴の過去の記憶と重なっていた。
雄大は、美琴の反応に驚きながらも、どこか確信を得たような表情を浮かべた。
「そう、か…」
作品は、爽やかな青春の甘酸っぱさを描いたことで好評を博し、納期とコストを考慮したキャストを絞った構成もテレビ局から高く評価された。
雄大が細かく伝えたキャストのイメージも、人気の理由となった。
しかし、その裏で雄大の心には、ある疑念が確信へと変化していきつつあった。
◇シーン2:ノートの真実と過去への躊躇◇
***
雄大は、ますます「無題ノート」が単なるプロット集ではなく、自分が経験したり実際に見聞きした「日記的」なノンフィクションなのではないかという思いが確信に変わりつつあった。
『このノートは、俺の、もう一つの記憶なのか…?』
彼は次々と袋綴じを破いて読み進める。
そこには、忘れ去られたはずの出来事、出会った人々、交わした言葉が、鮮やかに綴られていた。
しかし、同時に、大きな躊躇と恐怖も感じていた。
もし、このノートに書かれていることが全て真実だとしたら、彼の失われた記憶の先に、いったいどんな過去が待ち受けているのだろう。
そして、その真実を知ることが、今の自分にとって本当に良いことなのだろうか。
なにより全てを開いてしまった時、残してあった貯金を全て使い果たしたように、才能も枯渇してしまうのではないかという不安が目の前に広がる。
彼は、開かれたページと、まだ固く閉じられた袋綴じの残りを交互に見つめる。
本当の自分と対峙する恐怖と、それでも取り戻したいという好奇心が、雄大の心の中で激しくせめぎ合っていた。
◇シーン3:美琴の苦悩と明奈の牽制◇
***
ドラマのヒットは、雄大への新たな期待と、美琴の心を複雑な感情で満たしていた。
美琴は、雄大が書いたドラマを観て、かつて憧れた中村翔の才能と、雄大の才能の源泉が何だったのかを改めて考えさせられた。
高校時代、文芸部の部室で読ませてもらった中村の小説の草稿。
日に日に研ぎ澄まされていくその展開に心ときめいて読み耽っていたあの頃。
しかし、雄大のドラマを観ていると、あの時のときめきが中村自身の力だけではなかったように思えてならない。
初恋の夢が醒めてしまったような感覚なのだ。
むしろ雄大の紡ぐ物語がそう感じさせていたのではないかと確信すら抱くようになっていた。
美琴は、中村が不在の今こそ、雄大に全てを打ち明けるべきだと考えた。
自信を取り戻している今だからこそ、彼の記憶が戻る前に、真実を知ってほしい。
しかし、その度に明奈が巧みに邪魔に入った。
「白石さん、最近、岡山さんと親密そうですね」
明奈は偶然を装い、雄大の部屋を訪れる美琴に釘を刺す。
「白石さんが関わる理由はどこにもないですよ。あなたには岡山さんを支える力も、中村先生に愛される魅力もないんですから。結局はあなたと岡山さんが互いに傷つくだけのことです」
明奈の言葉は、まるで美琴の心を見透かしているかのようだった。
しかしその言葉はむしろ美琴の決意を固めるひと言でもあった。
美琴は、明奈が雄大の記憶回復を阻もうとしていることを確信し、その裏に、何か深い理由があることを悟ったのだった。
◇シーン4:明かされない秘密と迫る真実◇
***
一方、雄大も美琴が何かを告げられずに隠していると強く感じていた。
彼女が言いかけた言葉、そしてドラマを観た時の動揺。
その全てが、彼の記憶の扉を開く鍵となるように思えた。
『美琴さんは、俺の過去を知っているんだな。そしておそらくやさしさから、今はそれを伏せているんだ』
雄大は、ノートの次に開くべきページを探していた。
そこには、彼の失われた記憶の核心と、中村、明奈、そして美琴、四人の関係に隠された真実が記されているに違いない。
彼が手に取ったのは、以前から気になっていた『盗作サークルの密約』の続きと思しき袋綴じだった。
そこには、もはや単なるプロットとしてではなく、生々しい「記憶」として、何かが記されている予感がした。
雄大は、意を決して、その袋綴じを破る。
そこに広がるのは、彼が知らなかった、そして知ることを恐れていた、彼自身の過去の深淵だった。
(第7話 終)
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