第5話:兄妹の秘密と深まる疑念


◇シーン1:中村翔の不在と深まる違和感◇

***


中村翔との連名脚本で手掛けたゴールデンタイムのドラマは、脚本を8話まで書き終え、第5話まで放送された時点でまずまずの数字を出していた。


しかし、その裏で雄大の違和感は募るばかりだった。

共同執筆とは名ばかりで、中村はほとんど顔を出さず、雄大が用意した物語の骨子を基に、彼の過去の作品資料をなぞるように仕上げていくだけ。


それでも生瀬はそこそこご満悦だったが、雄大は次第に、自分が中村の「手足」として使われているような不快感を覚えるようになっていた。


そんな中、突然、生瀬から中村翔が『休暇』と称して海外へ姿を消したという連絡が入る。


「突然のことで迷惑な話だが、まぁ売れっ子だし、上層部の息もかかってるからなぁ。岡山、あとはなんとか頼むぞ!」


雄大は、中村の突然の不在に、言いようのない不穏な空気を感じていた。

不安も感じていないといえば嘘になるが、むしろ『なぜ、こんなタイミングで…?』という気持ちのほうがはるかに優っていたのは、記憶の底にある脚本家としての矜持から来るのかもしれない。


雄大は、書店で感じた中村の不自然な態度や、明奈が隠した写真の男性の正体が中村だったのでは?という疑惑を、再び反芻する。


たしかに目の前の脚本は中村の資料から生まれたものだ。

自分の記憶はないのに、なぜか彼の書く物語はスムーズに進む。

まるで、自分が書いているようでいて、どこか違う誰かの意思が介在しているような感覚。

その違和感も、今の雄大を蝕んでいた。


◇シーン2:美琴の告白と明奈の牽制◇

***


中村の突然の海外渡航を知った白石美琴が、心配そうに雄大の部屋を訪れた。


「岡山さん、中村先生のこと、ニュースで見ましたか…?」


美琴は、何かを決意したかのように、雄大に切り出す。


「実は、中村先生、私の姉と離婚するかもしれないって…」


雄大は驚いた。

先日の会話から別居してるのかなとは感じていたが、まさか離婚問題にまで発展していたとは。


「中村先生と、加藤さんが…」


美琴は言葉を選びながら、消え入りそうな声で続ける。


「不倫しているって…姉が気づいてしまって…」


雄大の頭の中で、明奈とカフェで撮った写真、そしてそれを誤魔化したという事実が繋がる。


中村と明奈の不倫。

それが、中村が突然姿を消した理由なのか。


美琴は、さらに踏み込もうとする。


「岡山さん、実は、あなたに話しておきたいことがあるんです。中村先生のこと、そして、あなたの脚本のこと…」


美琴が真実を打ち明けようとした、その瞬間だった。

ピンポーン、とインターホンが鳴る。


「雄大さん、いますか?加藤明奈です。心配になって来ちゃいました」


明奈の訪問に、美琴は先ほどの言葉の続きを飲み込んだ。

明奈は部屋に入るなり、雄大と美琴の顔を見て、一瞬だけ鋭い視線を美琴に向けた。


「あら、白石さん。お邪魔でした?」


明奈は笑顔を作るが、その目は微塵も笑っていなかった。


「いえ、私は今日はもう帰ります。岡山さん、困ったことがあったらいつでも私に連絡してください。参考になりそうな本、ここに置いておきますね」


そう言い残して、先ほどの言葉は飲み込んだまま、美琴は去っていった。


◇シーン3:袋綴じの謎と新たな仕事◇

***


明奈が簡単なカウンセリングを済ませて帰った後、雄大は自分の部屋で美琴が言いかけた言葉と、明奈の不自然な訪問について思いを巡らせていた。


美琴が何か重要な秘密を抱えていること、そして明奈がそれを隠蔽しようとしていることは明らかだった。


雄大は、机の引き出しから「無題ノート」を取り出した。

ページをめくり、これまでの袋綴じが破られている箇所に触れる。


『なぜ、こんな風に袋綴じにしたんだろう?』


ただのアイデアなら、こんな手間はかけないはずだ。

何か特別な意図があったに違いない。

袋綴じにされたプロットは、まるで雄大自身の隠された記憶、あるいは封印された真実を示しているかのようだった。


その時、生瀬から電話が入る。


「岡山!お前、中村先生の穴埋めで、一つ頼まれてくれないか?」


生瀬の声は、やや強引だった。


「視聴率の低い時間帯だが、そこのドラマ、一人で書いてくれないか。もちろん今のドラマの最終話を書き終えてからでいい。これから手配できるのなんて、お前しかいないんだ!」


中村の突然の不在は、雄大にとって予期せぬチャンスとなる。

しかし、それは同時に、彼の記憶と才能の謎に、より深く迫ることでもあった。


中村の資料に頼らず、本当に自分自身の力で書けるのか、不安を感じないと言えば嘘になる。

しかし、この機会を逃せば、二度と自分自身の才能の真偽を確かめることはできないかもしれない。


雄大は意を決し、生瀬の申し出を受け入れることにした。


◇シーン4:サークル時代の真実と現実の影◇

***


雄大は、再び「無題ノート」を手に取った。

無理を聞く手前、生瀬もドラマの内容は雄大に一任してくれたのだ。


そうなると「無題ノート」のさらなる袋綴じを破ることになるのは必然だった。


今回、彼が開いたのは、以前から気になっていた『盗作サークルの密約』というタイトルのプロットだ。

そこに書かれていたのは、大学時代の文芸サークルを舞台にした、友情と裏切りの物語だった。


『大学時代の文芸サークル。主人公、親友、そしてヒロインの三角関係。三人は互いのアイデアを共有し、共に創作に励む』


『主人公の親友が、主人公のアイデアを盗用し、有名コンクールで大賞を受賞。それが彼のデビュー作となる』


『ヒロインは、その事実を知っていたが、親友を庇うため、そして主人公が傷つくのを恐れて、秘密を共有する密約を結ぶ』


『主人公は、盗作の事実を知り、親友と決裂。精神的に不安定になり、書くことをやめてしまう』


雄大は、そのプロットを読み進めるにつれて、奇妙な既視感を覚えた。

この物語は、まるで自分の身に起きたことのようだ。

主人公は自分、親友は中村翔、そしてヒロインは明奈なのではないか。


ノートに記されたプロットは、雄大の記憶の断片を呼び起こすように、彼自身の過去の輪郭を少しずつ明らかにしていく。

そして、ある記述に雄大の目は釘付けになった。


「その作品は、コンクールで大賞を受賞し、後の国民的脚本家のデビュー作となった」


このプロットの物語が現実に起こった出来事ではないかという疑念が、雄大の心の中で確信へと変わっていく。

もしそうなら、このノートは単なる物語のアイデアではなく、自分自身の「真実の記録」であり、そして、もう一人の自分がこのノートを通して語りかけているのではないか、と。


雄大は、震える手でノートの最後の袋綴じに触れた。

そこには、まだ見ぬ、もう一つの物語が封印されていた。


(第5話 終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る