鉢合わせ

 進む程にサレナ遺跡の内部は静寂に包まれ、外の戦いの音が聴こえる事なく中を進むエルクリッド達の足音のみが響く。

 遺跡内部は比較的保存状態が良く、幅が広くやや天井が低い道は歩きやすく仕掛けのようなものもなく、だがそうした何もない事が不気味に感じられた。

 

 遺跡の中で何かをする、というのは頭ではわかっていてもエルクリッドとノヴァには想像がつかず、外で敵と戦ってくれているシェダやリオ達の事を思って振り返りそうになる。


「ハシュも一緒ですから、大丈夫ですよ。十二星召として相応しい実力はありますからね」


 掌に白い光の球を作り出して灯りとするタラゼドが先行しながら二人にそう話し、その言葉からはハシュへの信頼と微かな緊張感が入り混じっていた。

 ゆっくり進むエルクリッドと水馬ケルピーセレッタの背に乗るノヴァが顔を見合わせつつ、ひとまずはタラゼドの言葉を信じ前を向いて改めて自分達のすべき事を訊ねてみる。


「それで、あたし達は具体的に何をするんですか? 仕掛けがどーこーって言ってましたよね?」


「えぇ、神獣を誘導する為の狼煙のようなもの……ですね。詳しくお話します」


 分かれ道で一旦止まり、何かを確かめるように指を立てたタラゼドが左の方へ進み、エルクリッド達がついてくるのに合わせサレナ遺跡の仕掛けについて具体的に話し始めた。


「サレナ遺跡をはじめとする各地にあるいくつかの遺跡は、エタリラに流れる魔力の源流に近い場所に造られてきます。神獣を呼び起こしその恩恵を得る為、あるいは畏怖し避ける為……未だ正確な理由は不明ではありますが、現代でも機能する仕掛けがあり、それを用いて近隣の神獣を呼び寄せる事が可能なのです」


「神獣を呼び寄せるって、相当危険ですよね?」


「えぇ、ですが人口密集地などに神獣が向かうのを防ぎ、避難する時間稼ぎはできます。そうやって古代の人々は神獣と付き合ってきた……というのがハシュから聞いた話です」


 神獣と縁のある一族でもあるノヴァも知らない古代の遺跡とその役目。おそらくは一族が祀るよりもさらに以前と思うと、悠久の時を生きてきた存在が未だいるという事実に背筋がぞわっとする。


 さらにはクレスが相手取っている神獣ウラナが既に近くにいる事と、イリアが向かっている事とを考えると、二匹の神獣が同時に現れている恐るべき事態だと。

 それを感じてかそうでないのか、タラゼドは続けてハシュやクレスがここに来た事の意味に、十二星召が動いている事に触れる。


「十二星召の役目はエタリラの秩序を守る事……神獣による必要以上の災いを防ぐというのも含まれます。今回はウラナも動いたという事を十二星召の筆頭デミトリア様が察知し、クレス様を派遣したのだと思います」


「でも、よくあのクレス……さんが来ましたね。そういう感じはしなかったですが」


 実際相対したエルクリッドからすればクレスが誰かの指示で動く人間ではないのはわかりきったことだ。そんな彼女が十二星召という立場もあれど、その筆頭デミトリアの指示で動くとは思えない。

 だがすぐに理由を何となく理解し、苦笑気味のタラゼドの答えもすんなり受け止められた。


「あの方は神も畏れぬ剣士ですからね」


 強い相手がいるなら挑みかかる。誰であろうと何であろうと、まっすぐに。 

 リスナーである以前に剣士であり、一つの思いを突き詰めた人間。純粋すぎるが、それが強さの原動力と思うとエルクリッドも少し羨ましくもなる。


(あたしは、どうしたいのかな)


 仇敵バエルよりも強くなる事、復讐に呑まれずに強くなってみせること。

 その為に努力を重ねていてもバエルは未だ遠く果てしなく、また、呑まれまいとする思いに身を委ねそうにもなる。


 未熟さが不安を、不安が恐怖の呼び水となってしまう。だがすぐに深呼吸をして顔を覗き込むノヴァにニコりと笑みで応え、息を吐きながらエルクリッドは前を向いてしっかりと歩く。


(あたしはあたし……それで、いいんだ)


 焦ったところですぐに強くなるわけがない。神獣を手にしたところで扱えるわけでもない。

 地道に強くなるしかない。何よりも、今は今でやるべき事があるのだから。冷静になったエルクリッドは静かすぎる遺跡内で耳を澄ませ、ふと、自分達とは別の足音がある事に気がつきカード入れに手を伸ばす。


「セレッタ、ノヴァを下ろしてあげて」


「不本意ですが、戦いとあらば仕方ありませんね」


 一度座ってノヴァを下ろしたセレッタがゆっくりと前に進みながら水気を纏い、エルクリッドもタラゼドより前に出つつカードを引き抜き臨戦態勢へ。


 近づく足音の主もまたエルクリッドの気配を察したのか足取りを一瞬緩くし、だがすぐに早めそれに合わせるようにセレッタが水気をいくつもの玉に変え、先にある通路の闇へと放つ。

 刹那に闇に何かが光って水の玉が切断されて弾け飛び、エルクリッドがカードを使うよりも速く闇に光る黄金の眼が軌跡を描き俊敏に迫った。


(間に合わな……)


「止まれ」


 思わず目を瞑ったエルクリッドがゆっくりと目を開き、身を呈して庇おうとしているセレッタと、そのセレッタの眼前に迫って止まる鋭い爪が目に映る。次の瞬間には爪はゆっくりと下がり、その主たる人狼ワーウルフが唸りつつもゆっくりと身を引く。


 そして闇の奥から姿を見せるその人物はため息をつき、よく知るその姿にエルクリッドの目が見開いた。


「バエル……どうしてここに……!」


「お前らこそ、な。戻れムーン」


 通路の先から現れたのは目元を仮面で隠す仇敵バエル。自身のアセスの人狼ワーウルフムーンをカードへ戻しながらエルクリッドからタラゼドへと目線を移し、状況を理解したのか何も言わずに踵を返し一人先へと進む。


 戦いの意思はないというのは理解しつつも、エルクリッドはカードを手に前へと出ようとするもタラゼドが手を前に制止をかけ、代わりにバエルへと声をかける。


「仕掛けを起動させるならば、一人でやるよりは協力した方がいいのでは?」


「タラゼドさん!」


「エルクリッドさんも落ち着いてください。今は、やる事があるでしょう」


 タラゼドの言葉にバエルの足が止まり、エルクリッドも諌められる形で手を握りしめながらセレッタをカードへと戻して敵意を解く姿勢を示す。


 一瞬の沈黙の後にバエルは振り返らずに行くぞと一言口にして奥へと向かい始め、エルクリッドもノヴァに手を握られ彼女の微笑みを見てひとまず心を鎮め前へと進んで行く。

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