乱戦

「紹介するぜ、依頼主から借りてきた創られた魔物……キメラワームだ」


 甲高くも耳障りな咆哮を上げながら森を薙ぎ払い姿を現すのは鋭い牙を持つ顎と、獣のような毛を生やす大蛇にも似た魔物だった。トリスタンの言葉を借りるなら人工生物、つまり何者かに創られた存在ということになり、大きさ以上にその術がある事にハシュが真っ先に反応する。


「生命創造……失われた禁術を使う奴がいるのか!」


「それは知らねぇよ、だがこいつは中々便利だぞ。さぁ、やっちまいな!」


 トリスタンの言葉を受けたキメラワームが巨体に見合わぬ速さで迫り、同時にヤーロンのデウも臨戦態勢となりエルクリッド達は判断を迫られる。


 トリスタンは鎌腕の巨大な蜂に乗って空の上、ヤーロンの傍らには竜人のアセスが待機しまだ動きを見せてはいない。エルクリッドはセレッタを、シェダはヤサカを召喚済みだがリオとハシュはまだ召喚はできていない。


(セレッタ、皆を守れる!?)


(流石にそれは厳しいですね……!)


 カードを切るにしても仲間との距離や同時に攻められてる状況では何を、誰に、どのように使うのかを決めねばならない。エルクリッド、シェダ、リオが判断しかねる中において、それらをこなすのは偉大なる一角を担う若きリスナー。


「汝に告げるは永遠に流れる詩、その調べは万物を巻き上げる業風となる! スペル発動、サイクロン!」


 刹那に足元より上昇気流が発生してエルクリッドらを空中へと巻き上げ、それが瞬時に巨大な竜巻となって広がっていく。

 それがハシュのスペルによるものと理解しながらエルクリッドやシェダは悲鳴を上げつつも、風で巻き上げられた事で窮地を脱した事に気づいた。


(攻撃スペル、しかも範囲が広いカードで退路を作るなんて……それに……あの詠唱は?)


 エルクリッドが思い出すのはアンディーナ首都エトモにて、十二星召クレスがカードを使う前に詠唱を口ずさんだ事である。その時はリオのアセスのローズが止めに入り、その術の事に触れていたが名前が思い出せない。


 その間に竜巻は広がっていき、これにはトリスタンも乗っている大蜂共々後退せざるを得ず、キメラワームも弾き飛ばされて巨体を沈め、ヤーロンも二体のアセスと共に素早く離れるしかなかった。


「こりゃすごいネ。上級スペルのサイクロンを詠唱札解術で使う上に、それで味方を飛ばして守る……お前さん、何者か?」


 本の形をしたカード入れを持つ手に力を入れつつヤーロンの方へハシュが振り返り、フッと笑みを浮かべながらカードを引き抜きその名を告げる。


「十二星召ハシュ・ルーキアルさ。お前らに恨みはねぇけど、相手になってやるよ!」


 その目に闘志を宿すハシュに呼応するように彼が投げるカードが光り、サイクロンのスペルによる竜巻が弾け飛ぶと共に十二星召ハシュのアセスが召喚される。


「天に画くは叡智の息吹……舞台に姿を見せな、デュミニ!」


 黄色の風が集まりカードを包み、弾け飛ぶと共に現れるのは巨大な翼を持つ細身のドラゴン。

 腕が完全に翼となっているそれはワイバーンと呼ばれるドラゴンの一種であり、空中へと投げ出され自由落下を始めたエルクリッド達を背で受け止め、乗り切れなかったシェダとヤサカは足で掴んでサレナ遺跡の方へと降り立つ。


「おいおい十二星召サマが一人で相手になるってか? オレ様達もなめられたもんだな……」


「なめちゃいねぇよ。だが今はそんなに時間もかけてはいられないからな……手っ取り早く終わらせるってだけさ」


「……殺すぞてめぇ」


「やってみろ」


 会話が終わると共にトリスタンが大蜂から下りて地上に立ち、ヤーロンも腕につけたカード入れに手をかけつつ二体のアセスを前へと進ませる。

 同時にキメラワームも迫るがハシュの表情は冷静そのもの。


 アセスのデュミニもすぐに飛来しやってくるとカードを引き抜きいざ戦いへ、と、隣にシェダがやってきたと同時にヤサカがヤーロンのアセスの方へ向かい、その姿にハシュは少し驚いた。


「君たちにはやってもらいたい事があったんだけど……」


「それはエルクリッド達にやってもらえばいいっす。俺も手伝いますよ、ハシュさん」


 シェダの言葉を受けてハシュはありがとうと答えつつ、振り返ってタラゼドの名を呼んで頷き、そこから何かを察したタラゼドがエルクリッド達にある事を伝え始める。


「シェダさんとハシュが食い止めてる間に、わたくし達は遺跡の中の仕掛けを動かします」


「逃しゃしねぇよ! スペル発動アースチェーン!」


 トリスタンがスペルを発動し、エルクリッド達の足元より迫るはおびただしい植物のツタ。が、それを一刀の下に切り伏せ対応するのは、リオが召喚する戦乙女ローズだ。


「私とローズで侵入を阻止します。エルクリッド達は中へ行ってください」


「リオさん……ありがと!」


 凛と構えるリオの姿に促されたエルクリッドがノヴァを抱えセレッタに乗り、遺跡内部へと走って行くとタラゼドもリオに頷いてから後に続く。

 刹那にキメラワームがローズを喰らわんと身体をしならせながら迫り、次の瞬間には目にも止まらぬ剣技の前にバラバラに切り裂かれる。


 と、ローズは足元の振動を感じてすぐにその場から離れ、倒したはずのキメラワームが再び地面より現れるのを捉え、そこからリオも人工生物の特性を推測する。


「本体は地中深く……か。ローズ」


「不可能ではありませんが、この状況では難しいかもしれませんね」


 剣を静かに構えるローズの言うように、リオも状況の難しさを悟り小さく舌を打つ。

 ハシュはアセス・デュミニと共にトリスタンの大蜂と交戦し、シェダは鬼のヤサカでヤーロンのアセス二体を同時に相手取っている。


 そしてローズはキメラワームを相手にしつつ二人の支援をしなければならない。カードの有効範囲も考えると一人がスペルを受けたとしても、誰かが対応できるようにしている今の立ち位置が最適とリオも判断した。


(ハシュ殿が頼んだ事は神獣に関する事と見て間違いない。なれば私達は神聖なる場を汚すもの共を倒すのみ……!)


 騎士としての誇りがリオの闘志を強くし、それを受けたローズの剣技も鋭さを増して次々と生えては襲い来るキメラワームを蹴散らしていく。

 スペルの応酬を繰り広げながら戦うハシュも、不利な状況でも戦うシェダも、思いは同じだから。

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