殺し屋再び

 黒い風が一瞬吹いた気がした。それが神獣ウラナが臨戦態勢になった事によるものというのはエルクリッド達も感じ取れ、心臓を潰されるかのような重圧が襲いかかる。


(苦しい……これが、神獣の力というの……?)

 

 呼吸困難に陥りそうになる。全身に痛みが走り、思考を封じられ屈してしまいそうになる。

 だが、エルクリッドは自分が越えるべき仇敵の姿を思い浮かべ奮い立ち、過呼吸気味になって倒れかけるノヴァを支えあげた。


「大丈夫、あたしがいるから」


「エルク、さん……!」


 ノヴァの目に光が灯り、その姿に呼応するようにシェダ、リオも折れかけた膝を伸ばし前へと進む。

 気がつけば先頭を行くハシュと距離が開き、殿を努めていたタラゼドもエルクリッド達の隣に立って静かに頷き歩を進め直していた。かたや十二星召の一角、かたや偉大なる魔法使い、自分達との実力差があるのだと思い知らされた気がした。


(俺もまだまだ、か……でも!)


(今は届かずとも、強くなればいい)


 シェダ、リオと己の未熟さを受け入れながら進み、エルクリッドに手を引かれるノヴァも深呼吸をして全身に力を入れ少しずつ自分の力で歩き出す。


「エルクさん、もう、大丈夫です」


「うん、頑張ろ!」


 快活に笑顔で答えたエルクリッドも後ろから伝わるウラナの力に屈せず前へと進む。何も守れない力に意味などない、かつて言われたその台詞がエルクリッドの脳裏に浮かび、恐怖は消えずとも前へ進む力となっていた。


(あたしは強くならなきゃいけない……あたしの、守りたいものを守れるくらいに……)


 手を握る小さな存在がいる。共に戦う仲間がいて、支えてくれる人もいる。失ったものは戻らなくても今の自分にあるものは、と、エルクリッドが思ったその時だった。


 頭上に現れた影に目を向けた時、鋭く太い針が目前に迫っていた。ゆっくりと流れる時間の中でエルクリッドは死を悟り、だが、時が動き出すと共に何かが針を弾き飛ばし救い出す。


「スペル発動ソリッドガード……おい、ぼーっとすんなよ」


「あ、ありがとシェダ……」


 エルクリッドを救ったのはシェダが使ったスペルであった。弾き飛ばされた太い針が地面に突き刺さって煙を上げ、それが何らかの生物の、魔物の毒針というのがすぐにわかり敵の存在を感じ取る。


「ちっ、殺し損ねたか……まぁいい、どうせ逃しゃしねぇよ」


 聞き覚えのある声と共に木々の合間を縫って聞こえるのはやかましい羽音。その正体を分析するよりも先にエルクリッド達はその場からの離脱を優先し走り出す。


 少しずつ木々が減って苔生した岩や人工の壁などが増え始め、やがて石組みの大きな門の跡と建築物が見え目的地のサレナ遺跡が近づく。

 ここでシェダが反転しつつ急停止、カードを引き抜きながら魔力を込めて素早く投げた。


「ツール使用、虫払の雫っ!」


 投げられたカードが小瓶へと姿を変えて岩に当たって砕け散り、中身の液体が飛散しながら酢のような臭いを発し始める。やがて近づく羽音の主たる無数の蜂の群れが追いつくものの、臭いを感じたのか動きを止めて追跡しなくなった。


 しかしそれが一時的なものでしかないとシェダは理解しすぐに次のカードを抜き、そのまま臨戦態勢となってエルクリッド達もカードを引き抜く。


「虫払の雫じゃ小物は先に行けねぇな」


 一際大きな羽音が聴こえ森を越え飛来するのは鎌のような脚を持つ毒々しい色合いの巨大蜂。その背に立つのは石飾りを鳴らし、不敵にエルクリッド達を見下ろす殺し屋トリスタンであった。


「今度はしくじりはしねぇ、まとめて殺してやるよ」


 そうトリスタンが宣言しパチンと指を鳴らすと虫払の雫で動きが止まっていた蜂の群れが一度下がり、風上の方へ迂回し始める。

 だが前回とは異なりリオ一人を狙わず、しかも十二星召のハシュも含めた四人を前にして特別何かをするわけではなく、真っ向から挑みに来ていた。


 だからこそ、それが不自然とリオはすぐに勘づき、微かな違和感を察すると共にハシュと共にいち早く足元の隆起を察して叫ぶ。


「離れろ!」


 地面を突き砕いて飛び出すのは硬い殻を持つ巨大なエビ、否、シャコであった。リオが咄嗟に叫んだのもあってエルクリッド達もその場から離れはしたが、シャコを挟んで分断される形となってしまう。


「あいや気づかれるとはねー、流石はトリスタンが警戒して俺っち呼び出すだけはあるねー」


 ぱちぱちと軽い拍手と共に軽快な声が聴こえ、何処からともなく姿を見せたのは縦にも横にも身体の大きな小さな色眼鏡をかけた男だ。一見すると穏やかな印象があるが、傍らに片刃の大刀を担ぐ竜人のアセスがいることや、彼から漂うトリスタンと同類の気配をエルクリッド達は察し警戒を強めた。


「てめぇの力を借りるつもりはなかったが……流石に一人で殺れるほど甘くねぇからよ」


「ほほ! ではこのヤーロンには報酬の六割を寄越すでよろしいな?」


「五割にしろ」


「交渉成立ね。デウ、そいつら片付けるヨ!」


 ヤーロンと名乗った巨漢が大シャコ・デウへ指示を出し、真っ先に狙うのはトリスタンの側へと避けてしまったエルクリッドとノヴァだ。

 既に蜂の大群も虫払の雫の範囲外からこちらへと向かい、その中でエルクリッドは取るべき行動を選択する。


(まずはノヴァを守らないと……!)


 エルクリッドはノヴァを担ぎ上げると迫るデウの鋭い前脚に挟み込まれるのを避け、続けざまにノヴァをサレナ遺跡に近く敵から離れてるタラゼドへと投げ渡す。


「タラゼドさんお願いします! そんでもって仕事だよ、セレッタ!」


(いつの間にカードを抜いてやがった……!?)


 続けてエルクリッドは水馬ケルピーセレッタを召喚し、トリスタンが驚愕する目の前で噴き出す水の柱に蜂の群れが巻き込まれ吹き飛ばされる。

 と、デウが再びエルクリッドへと迫り、だが刹那に頭上から何かが迫るのを察しデウは身を引き、振り下ろされる大斧とそれを持つ鬼の戦士ヤサカがエルクリッドを救う。


「シェダの、新しいアセス、かな?」


 返事をせずにヤサカは小さくエルクリッドに頷いて応え、リオ、ハシュの二人もカード入れに手をかけるのを見てトリスタンが不敵に笑みを浮かべた。


「ちっ、これだからリスナーが人数いると面倒くさいぜ……なんてな」


 その瞬間、トリスタンの後方の木々が突然なぎ倒され、うごめく何かが近づき始める。かなり危険で、生命を奪う何かが。

 

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