仕掛け
手を伸ばせば届くその背が果てなく遠く、それが今の実力差なのだとエルクリッドは感じながら歩を進めていく。
仇敵たるバエル・プレディカが何故ここにいるのかはわからないが、目的が自分達と同じというのは察しがつき、また、こちらが敵意を向けて彼がも敵意を返す様子もない。
既に一度戦って実力を知っているから、あるいは、戦うべき時を弁えているからなのか。
(強いのは、認めないといけない)
リスナーとして高みにいる者達と邂逅してきた。その中でやはりバエルという存在がどれだけ高みにいるのか、いかに強いのかと思い知らされる。
(でも、今はやる事しなきゃ)
いずれは超えねばならないとは思えども、エルクリッドは何度も心を鎮め今やるべき事へと気持ちを切り替えようと言い聞かせ、空いてる手で軽く頬を叩き気を引き締め直す。
神獣を誘導するという仕掛けを求めてサレナ神殿の奥へ奥へと進むが、それらしいものは未だ辿り着かず外で戦うシェダやリオ達の事がエルクリッドとノヴァは心配になる。
と、バエルの足が止まり気づいたエルクリッド達も立ち止まり、タラゼドが掌に浮かべている光球に魔力を込め大きくし辺りをより明るく照らし出す。
バエルの前にあるのは壁画であった。天と地より姿を表す魔物の姿と、それに対し人々が崇拝の意を示す図であり、そこから魔物が神獣であるというのはなんとなく察しがつく。
おもむろにバエルが懐から古びた手帳を取り出し、片手で頁をめくりながら壁画の文字に目を通し手帳の内容を確認する。
「神の獣現れし時、その力に逆らう事なかれ。神の獣招く器に世界の雫と贄たる魔を注ぎ、恵みと祝福を賜らん……」
文字の内容を口にしながらバエルは壁画の窪みに手を入れ、取っ手のようなものを引くと大きな音を立てて壁画が動いて道が開かれて大きな部屋が姿を見せた。
手帳を閉じて懐に戻したバエルが先行し、すぐにエルクリッド達も続き見回すと、そこは二つの魔人の巨像に挟まれた大部屋であり、タラゼドが光球を天井に向けて投げつけ灯りとし全容を現す。
エルクリッド達が立っている場所は正方形の足場で周囲に深い谷のような溝があり、巨像は水瓶のようなものを抱え持ちそれが溝へ何かを注ぐような配置をしている。
また天井には蜘蛛の巣のように規則正しく彫られた溝があり、それを辿ると巨像や足場の下へと伸びているのがわかった。
「ここが仕掛けがある場所……?」
ノヴァが興味津々にうろつこうとするのをエルクリッドが軽く首根っこを引いて阻止し、バエルの視線を感じて顔を合わせ間に入ったタラゼドがやるべき事を二人に伝える。
「ハシュに聞いていた通りならば、ここが仕掛けを動かす場所です。先程バエルが読んだ通り、この場に魔力を満たす必要があります」
「具体的には何をすればいいんですか?」
「何処かに装置があるはずです。それを動かしてから我々が持つ魔力を込めればいい、と聞きましたが……」
タラゼドがエルクリッドと話す間に一人バエルが足場の縁へと歩き始め、次の瞬間に溝を飛び越えて反対側の僅かな足場に乗り、巨像の横にある石の梯子を登り始めていた。
それを見たエルクリッドも反対側の巨像の方へ少し助走をつけて溝を飛び越えて渡り、同じように石梯子を登っていく。
「エルクさん気をつけてくださいね」
「ありがとノヴァ、大丈夫」
声を飛ばすノヴァに快活に返しながらエルクリッドは梯子を登り切り、巨像の頭の上へ辿り着く。
そこには黒い球体が置かれた台座があり、そっと触れると球体がその場で回る仕掛けとわかる。エルクリッドが深呼吸をして球体を回転させていくと重々しい音と共に何かが動き、水の流れる音が溝の底から聴こえ始めた。
バエルの方も同じように球体を回転させていき、やがて回転させる事ができなくなると素早くカード入れからカードを引き抜き、エルクリッドの方に目を向けると勢い良く投げつけて彼女の背後の壁へと突き刺す。
「ちょっと! 何すんのよ!」
急な攻撃とも取れる行動にエルクリッドもカードを抜きかけたが、怒声に対してバエルが何の反応もせず部屋の入り口の反対側へと身体を向けてるのに気づき、投げつけられたカードを引き抜きながら目を向けてみる。
部屋の奥の壁には大きな宝玉のようなものが嵌め込まれており、だが部屋を照らす光球の光を受けても輝きがなく、そこに何かをするというのを暗に示す。
(このカードを同時に使え、って事ね……)
バエルが投げたのはアセスフォースのスペルカード。アセス一体をダウンさせる代わりに、そのアセスの力をスペルによる攻撃とする効果を持つ。
エルクリッドのアセスはヒレイ、セレッタ、スパーダ、ダインの三体と一人。仕掛けを動かすとなれば最も強力な力が適する、となればヒレイの力を使うのが良い。
(ヒレイ、お願いしていいかな?)
(……あの男のアセス程の威力は出せないだろうが、構わん)
ヒレイのカードを抜きつつ、彼が指摘し思い出すのはバエルのアセス・マーズの存在だ。
ヒレイと同じファイアードレイクでありながら、その力は圧倒的で神と言うに相応しい。そして、そのマーズを使ってのアセスフォースから放たれる火球は流星の如く美しく、全てを焼き尽くす。
アセスフォースのカードとヒレイのカードとを重ねて指に挟み、魔力を込めつつエルクリッドは深呼吸をする。バエルがじっと見ているのを感じはすれど、意識を壁にある宝玉に向け集中力を高めその力を行使する。
「スペル発動アセスフォース!」
発動されたカードが光を放ち、刹那、赤い光と熱気を帯び始めると次の瞬間に凄まじい勢いで巨大な火炎弾がカードから放たれ、その反動にエルクリッドは吹き飛ばされ身体を強く壁に打ちつけてしまう。
(エルク、平気か?)
(大丈夫だよヒレイ。それよりもちゃんとあたった?)
すぐに足に力を入れてエルクリッドが放たれた火炎弾に目を向け、激しく燃えながら壁の宝玉へと命中するのを捉える。
そしてそのまま壁を炎に包み込んで部屋全体を赤く染め上げながら室温を上げていき、呼応するように宝玉が輝き始めると巨像が持つ水瓶より青緑に輝く水が流れ始めた。
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