黒の札

 水晶の洞窟にて相対するは水晶の魔物。トゲの生えた大蛇の如きその魔物を前にエルクリッドは黒き光を纏うカードに魔力を込め、冷淡にその力を解き放つ。


「スペル発動フレアフォース」


 火属性アセスの力を高めるそのカードにより、召喚されているヒレイに赤き光が宿り力を与える。が、ヒレイは慣れているはずのそのスペルから与えられた力に異質なものを感じ、普段以上の力の高まりを感じた。


(何だこれは……だが……!)


 戸惑いを振り切るように口内に炎を蓄えたヒレイが水晶の魔物へ一気に炎を吐きつけ、水晶の魔物もとぐろを巻いた状態から身体を回転させ炎を振り払うようにかき消す。

 が、刹那に水晶の魔物の身体を炎の鎖が拘束し、ヒレイの炎が直撃する。


「スペル発動フレアチェーン……まだまだ、こんなものじゃないよ」


 次のカードと入れ替えるエルクリッドは淡々とそう述べ、静かにカードをちらりと確認し炎の中で悶える水晶の魔物の姿を見つめる。

 炎に焼かれて身体にヒビが走り始める中でもまだ健在であり、振り抜いてくる尻尾をヒレイが受け止めそのまま投げ飛ばすとエルクリッドは笑みを浮かべていた。


「それでいいよヒレイ……いい子、いい子……」


 エルクリッドらしからぬ静寂さにはヒレイはもちろん、待機する他のアセス達も戸惑いの色を見せ始める。

 だが内に宿るセレッタやスパーダらが呼びかけようにも声が何かに阻害され、ヒレイもまた未だ敵が健在なのもありエルクリッドの方に意識を向けきれなかった。


(エルクリッド……何が……!?)


(落ち着けセレッタ。とにかく今はこの戦いを終わらせねばならない……!)


 アセス同士の言葉は届いた為にヒレイがセレッタに声をかけつつ威嚇の咆哮を繰り出し、炎を振り払い全身焦げてヒビが痛々しく走る水晶の魔物もまたトゲを逆立て呼応する。


 高める闘争心がぶつかる最中で、エルクリッドが舌を打ち右手で空間を掴むと黒い光が手を包み込み、その手を振り抜くと共にいつの間にか指に黒いカードが挟まれていた。


「目障り、早く死んで……霊唱スペル発動、エルトゥ・ラース……!」


 何が起きたのかヒレイは理解できなかった。冷淡にエルクリッドがカードを使った刹那、今まで以上に湧き上がった力が全てを塗り潰す感覚に意識が消えたから。


 気づけば目の前には水晶の洞窟に大きな穴が新たに空けられ、灼熱によるものか地面は赤熱化し水晶の魔物と思わしき一部が無残に黒焦げになって落ちていた。


「エルク……お前、今何を……何をした」


 力には自信があるが、目の前の光景に至るほどのものはまだないとわかっている。ヒレイが振り返りながらエルクリッドに目を向けると、彼女の身体から黒い光が消えて細くなっていた瞳孔が元に戻りそのまま力なくその場に倒れ伏す。


「エルク! ちっ……」


 リスナーが気を失った事で召喚されているアセスへの魔力供給も断たれ、ヒレイもその姿をカードへと戻らざるを得なくなってしまう。

 カードとなったヒレイがエルクリッドの手元に戻り、それからしばらくしてからエルクリッドはぱちっと目を開けて身体を起こし、辺りを見回してからヒレイのカードを拾い上げる。


(あれ……あたし……どうやって勝ったっけ?)


(覚えてないのか?)


 うん、と心から語りかけるヒレイに答えたエルクリッドはいつもの彼女の姿であり、きょとんとした様子や言葉から本当に記憶がないのだとヒレイ達は悟り、話すべきかを考える。

 と、周囲の景色が歪み始め、それが修行が完了した事による合図と感じたエルクリッドは立ち上がりながらカードをしまい、ヒレイも答える機会を失いひとまず心の奥へと引っ込んだ。

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