ディオンの魔槍が鬼の喉元に切っ先を突き立てて止まり、対する鬼の振るった大斧は見えない何かに阻まれディオンには届いてはいなかった。


 それがアセスとそうでないものの差、リスナーの存在であるのはディオン自身がわかりきっている。


「スペル発動ソリッドガード……ディオン、どうして貫かないんだ?」


 ディオンを守ったのはシェダの使ったスペルによるもの。そして彼が投げかける問いにディオンはゆっくり魔槍を引きながら踵を返し、崩れるように鬼が膝をつくのに合わせ口を開く。


「この者の瞳に光を見た。戦士として命を奪うには惜しい……それにこれは一子相伝の修行というわけでもないからな」


 亡国の英雄だった故にわかるものがある。戦いの中で伝える闘志やその奥の感情などから見えるものがある。

 ディオンの堂々たる答えを受けてシェダも臨戦態勢を解いて彼の方へ歩み寄り、その後ろで大斧を前に置いて両手をつく鬼の姿を見て前へと恐る恐る歩み寄った。


「えーと……ありがとう、俺達と戦ってくれて」


 厳つい鬼を前に何とか感謝の言葉をシェダは口にし、鬼が顔を上げたのに合わせてお辞儀をし真っ直ぐな目で思いを伝える。

 と、シェダの前に白い無地のカードが現れ、やや目を大きくしながらそれを手に取った。


「契約のカード……いいのか、俺で」


 シェダの問いに鬼は正座をし両手をつき、改めて頭を下げ唸るような声でその名を伝える。


「我が名はヤサカ……力を認め、この誇りと力をお前に貸そう」


「俺はシェダ、シェダ・レンベルト! よろしくなヤサカ!」


 シェダが名乗りと共に契約のカードを鬼のヤサカの前に出し、それにヤサカが触れる事でヤサカとその武器が光となってカードに宿り、そしてカードに雄々しい鬼ヤサカの姿が描かれる。


 新たなアセスが加わった事でシェダは一瞬負担が増える事を考えたが、思っているような重さがない事に気づき首を傾げ、そんな彼の頭をディオンが小突く。


「お前は元々魔力の余裕がある方だ。アセスが一人増えた程度で負担になる事はないだろ」


「って言われてもな……ほら、エルクリッドの奴なんかはアセスが多いから負担なってるし……」


 同じくアセスが四人のエルクリッドの名前をシェダが出すと、ため息をつきながらディオンはカードへと戻り、それから会話を心の中で続けた。


(彼女の場合は事情が異なる。ファイアードレイクのヒレイ……本来ならエルクリッドの実力ではアセスにはできないにも関わらず共にいる、だから負担が大きい)


(それならお前だって……)


(俺は力の大半を魔槍に依存してる分、お前から貰う魔力は少なくても問題ないというだけだ。似たような例で言えば十二星召クレス・ガーネットの魔剣アンセリオンに至っては、生物ではないが故に魔力をほとんど必要としないからな)


 一例を挙げての説明にシェダは納得するしかなく、同時にエルクリッドが抱える問題がどれだけ深刻かを改めて考える。


 リスナーにとって魔力はカードの行使や契約アセスへの供給などで使われ、それを上手く管理し消耗しすぎないように努めるのが常だ。

 実力以上のアセスとの契約はそれを難しくし、その維持の為に力を発揮できないリスナーも多い。


「あいつ、大丈夫かな……」



ーー


 胸を貫く痛み、流れる命の雫、遠くなる音と強く聴こえる鼓動の中でエルクリッドは自分の名を呼ぶヒレイの存在を感じつつも動けずにいた。


(あたし、死……)


 死の予感。いつかの時も感じたもの、だが、その時とは異なるものがエルクリッドを突き動かし、胸に刺さる水晶の破片を引き抜いて投げ捨てると立ち上がり、ヒレイが声をかけようとした刹那に空気が張り詰めた。


(なんだ……エルク……?)


「スペル発動ヒーリング……」


 俯いたまま引き抜き使用されるヒーリングのスペルによって淡い光がエルクリッドを包み、傷を癒やしていく。だが、その治り方が普通ではない事をヒレイは感じていた。


 胸を貫くほどの傷があっという間に癒えると共に服すらも直り、血の汚れすらも消え失せる。基本スペルと言われるヒーリングにそこまでの力は本来ないはずというのに。


 と、相対していた水晶の魔物がとぐろを巻いて構えたのにヒレイは即応して対峙し直し、エルクリッドの事は気になれど目の前の敵の方へ意識を向けた。


「エルク、無理はするな」


「無理? そんなことはしないよヒレイ、でもね……」


 振り向かずに投げかけた言葉に答えたエルクリッドの声色に低さがあり、顔を上げると共に背筋が凍るような冷たさをヒレイは感じ、横目でエルクリッドを見つめ、そして驚愕する。


「邪魔する奴は叩き潰す。力、貸してねヒレイ」


 細長い瞳孔に温もりはなく冷徹な殺意のみが宿っていた。それはエルクリッドとは無縁のもの、熱く激しく明るい太陽のような彼女とはかけ離れた妖艶さがあり、それだけでヒレイや他のアセスは何かが起きたと悟る。


 だが彼女が無事である事、まだ敵がいる事から言及する事は後回しとし、ヒレイは力強く水晶の魔物へ咆哮し闘志を高めエルクリッドもまたカードを引き抜き、そのカードに黒い光を纏わせていた。

 

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