舞台に落ちて

 シェダが気付いた時、そこはコスモス総合魔法院の図書室ではない場所だった。

 数多の骨と武器とが辺り一面を覆い尽くす黒の砂漠、微かに暗雲に隠れる陽光はあれどそこは死を運ぶように風が吹き抜けている。


(ここが俺の試練……敵はいない、みたいだけど……)


 辺りを見回しても生命の気配はない。とりあえず歩き出してはみたが景色は変わらず、戦いの中で一人生き残ってしまったような心地にさせられた。


 不安が心に広がる前にシェダはカード入れに触れて深呼吸をし、自らのアセスと対話を始める。


(どう思う、みんな)


 銀蛇タンザが舌をちらつかせ、ビショップオウルのメダリオンは首をぐるりと回し、ここが不可思議で危険な場所とシェダへと伝える。

 唯一会話可能な魔人ディオンもまた、シェダの目を通して知り得た情報から思考を進めていく。


(シェダ、試しに召喚しろ。我々が仕掛けるのを待ってるのやもしれん)


(そうかもしれねぇな。ディオン、頼む)


 カードを引き抜いてディオンを召喚するシェダは、直後にそれまで吹いていた風が静かに止んだのを感じ気を引き締める。今までなかった何かの気配がこの場に現れ、虎視眈々と自分達を捉えてる何かがそこにいると。


 姿は見えない。風が完全に止まって大きくなる自身の鼓動の音がより緊張感を高めていき、やがて音が聴こえなくなった瞬間にシェダはカードを引き抜いて警戒を強めた。

 ふと砂を踏む音が聴こえ振り返るもそこには何もおらず、しばしその方向をシェダが見つめ一歩前へ踏み出す。


(気のせいか?)


 そうシェダが思った刹那に何かに気づくディオンが魔槍をシェダの首元目掛け突き出し、次の瞬間に魔槍の刃が何かを防ぎ止めていた。

 遅れてシェダも前へ飛び出し反転し、ディオンが防ぎ止めるものが自身の身の丈を超える長さを持つ刃が目に映り、瞬間、刃同士が火花を散らし弾き合うと共にディオンがシェダを抱えてその場を離れ、舞い散る黒い砂が闇に舞う。


「ディオン、すまねぇ」


「構えろシェダ。俺一人で何とかなる相手ではなさそうだ」


 沈着冷静に魔槍を持つ手に力を入れながらディオンが臨戦態勢となり、シェダも気を引き締めつつ彼と共に現れた敵を捉える。

 

 闇の中の光に映るは古傷だらけの鋼の如く鍛え抜かれた赤い素肌の大男。否、口からはみ出る鋭く長い歯と額から伸びる二本の角の存在から亜人とわかり、手にする無骨で太い包丁を思わせる武器を担ぎながら黄金の目でシェダとディオンを見下ろしていた。


「人間……リスナー、か」


「貴様は……火の国に住まう鬼というやつだな? それもただの鬼ではないと見た」


 低い声で話す亜人にディオンが魔槍を向けながらその正体を看破し、シェダも静かにカードに魔力を込めつつ鬼という存在を思い返す。

 火の国サラマンカに住まう亜人であり、悪さをする事もあれば守り神とも崇められる存在と。今目の前の鬼は少なくともリスナーに対して敵意があり、ディオンがいつになく集中している所から只者ではないとも。


(どの道やるしかねぇ……!)


 逃げる判断をするにも出口を探すには鬼の存在は脅威となり、修行としての相手ならば立ち向かわねばならないのも確かだろう。

 覚悟を決めたシェダが目を闘志を宿すとディオンが力強く砂を蹴って前へ駆け出し、鬼の股を抜けて一気に背後へと回り込む。


 が、ディオンが攻撃態勢に入った時にはそこに鬼の姿はなく、咄嗟にシェダがカードを切った。


「スペル発動プロテクション!」


 闇に光が見えた刹那にディオンの背後より振り抜かれる大刃をプロテクトの結界が防ぎ止め、ディオンもすぐに反転しつつ跳び退いて鬼の姿を捉える。が、すぐに鬼の姿は見えなくなり、気配すらも消え去った。


「逃げた……?」


「いや、虎視眈々とこちらを狙っている。恐らく一時的に幽体となる事で巨体に見合わぬ移動等を可能としてるはずだ」


「ならそれに合わせたカードを使うしかねぇな」


 初見での意見交換を終えてシェダがカードを抜きかけるが、制止をかけるようにディオンが槍を前に出して視線を送る。


(迂闊にカードを使うな、ってことか……確かに、まだわからねぇこともあるな)


 未知の相手である程に早計は命取りになる。深く息を吐きながらシェダは抜きかけたカードを収めつつ、修行の前にハシュに渡されたユナイトのカードの存在を頭に浮かべる。

 そこからどう使うかもおおよそ検討がつくが、だからこそ慎重さと判断が求められると察しがつき、よりいっそうシェダは集中力を高めていく。



 

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