坩堝の深層

 コスモス総合魔法院が魔の坩堝たる所以をエルクリッド達は思い知る。院長室の次にハシュが案内したのは、天井まで届き数多の本を収めた本棚が無数に並ぶ図書室であった。


「すごい……色んな本がたくさん……!」


 目を輝かせきょろきょろ辺りを見回しながらノヴァが一人で行こうとすると、それを首根っこ掴むように襟を掴んでエルクリッドが阻止しため息をつく。

 だが目の前に広がる知識の大海を前にして好奇心が疼くのは当然だろう、そこは理解しつつもやってきた目的についてはエルクリッドは疑問を持っていた。


「それで、ここで修行なんてするんですか? 戦えそうにないんですけど……」


 クレスからの推薦状を受けての修行ということでハシュが導いたのが図書室であり、だがこんな所で戦うのはまず無理とはシェダ達も同じように思う事である。

 仮にやるとしても貴重な書物などの損失は計り知れないものになるし、そのような事をするとは思わない。


 そんな疑問に気づいてるのかハシュは心配には及ばないと告げ、前を向いて進みながら何処へ導くかを答え始める。


「君達が修行するのはこのコスモス総合魔法院創設時代より存在する特別な場所さ。本当なら院長が術式をやるもんだが……今回はタラゼドさんがいるから、代わりにやってもらう事になる」


 まだ幼い院長カミュルは院長室で眠りについており、ハシュの言葉も説得力を帯びる。そこからさらにシェダが疑問を投げかけ話を繋ぐ。


「ってーと、タラゼドさんはどういう場所か知ってるってことっすか?」


「えぇ、かつてクロスもここに来て同じ修行をしましたからね。ですがここのは単に力を試すというものではありません」


 穏やかにタラゼドがシェダに答えていると、ちょうどたどり着くのは図書室の中心にある紋章の画かれた石畳の上である。リスナーが力試しをする円陣サークルほどの広さがあり、天井の硝子から射し込む陽光に照らされ煌めくかのよう。


 その上にエルクリッド達を立たせてハシュは少し離れ、さて、と言って振り返る。


「修行を受けてもらうのは赤い髪の子と兄ちゃんの二人だけだ。それぞれ別の内容でやってもらうが……質問があれば今のうちに」


「はい質問! どーしてあたしとシェダだけなんですか? リオさんと、あと一応卵だけどノヴァもリスナーですけど?」


 手を軽く上げてエルクリッドの快活な声が図書室によく通り、その威勢の良さにはハシュも少し目を大きくしつつも二つの理由を話す。


「一つは騎士様は君らよりもリスナーとしての腕やアセスの実力といった総合力は上だからだ。もう一つは君らが受ける修行は少々危険が伴うから、万が一の時に修行受ける二人に対して助ける役目が二人いるってことさ」


「そんな厳しいんすか……?」


「それは俺にもわからん」


 言葉を漏らすシェダに答えたハシュはさらに数歩後ろに下がり、タラゼドもハシュと対角線上になるように移動し、ハシュも言葉をさらに続ける。


「この場には数多の本があり、それらには長年人々の目や思いに触れ、その結果染み付いた思念が幾つも混ざり合って人が求めるものへ最適な空間を作り出すようになった。それを応用して修行の場としているわけだ」


 数多の思いが生み出す空間と聞いてもシェダはいまいち想像がつかず、エルクリッドに至っては頭から煙を上げ唸る始末だ。

 流石にハシュも苦笑しつつも懐から本の形をしたカード入れを取り出し、それを開いて頁のように束ねられ挟まっているカードを選び、それをシェダへと投げ渡す。


「君はそのカードを使いこなせれば今よりも戦いの幅も広がるし、戦闘が不得手のアセスも活躍させる事ができるだろうな」


「ちょっと待ってください、なんでそれを……」


「一応は指導員やってるからな。そいつがどういう性格してるのかとか、どんなアセスと契約してるのかとか大体わかるし、必要な力や学び方もわかるさ」


 快活に話すからこそまだいいが、ハシュの目利きにはエルクリッドやシェダ、リオも戦慄せずにはいられない。

 リスナーにとって手の内を知られる事や読み切られるのは不利であり、カードを見ずに人を見て正確に言い当ててくるハシュはその点だけでも恐るべき能力を持つと言える。


 若くして十二星召に名を連ねてるだけはあると思いつつ、シェダは渡されたカードに目を向ける。剣を中心に渦巻く背景とそれに飲まれる竜と戦士の絵のそれは、ユナイトと呼ばれる銀枠のスペルカードである。


(確かこいつはアセスに別のアセスの力を与えたり、一時的に一心同体にさせるカードだっけか……確かにこれは俺には必要だけど、使えるのか……?)


 カードの枠の色はカードの強さや希少性の証。ひいては実力に見合わねば持っていても使えないという事だ。銀枠のカードを使った事がなく、また使う力がある確信がないシェダは迷いつつもたすきがけしている自身のカード入れへユナイトのカードを収め、それを見ていたエルクリッドもカードを期待するもハシュはカード入れを閉じていた。


「え? あたしにカードはくれないんですか!?」


「君にはカードを渡す必要はないよ。アセスの強さは申し分ないし、属性がばらばらなのもわかっててカード選びも丁寧にしてるだろうからね……バエルさんと同じように」


 仇敵の名前が出た事でエルクリッドの表情から一瞬明るさが消え、それをハシュは見逃さず目を細める。

 合わせるようにタラゼドも右手を前にかざし、石畳に画かれる魔法陣が紫の光を淡く放ち始め、やがてエルクリッドとシェダの身体が足下から透け始めていく。


「さぁ行っておいで、君達が受けるべき試練の場へ。タラゼドさん、お願いします」


「わかりました……坩堝が誘う心求む場へ、混濁たる夢幻の狭間へ光を標し天上への舞台に導け……!」


 ハシュに応えたタラゼドが詠唱を強く言い切ると魔法陣の光と共にエルクリッドとシェダの姿が消え、それにはノヴァが身体を跳ねて驚くものの、微かに光が魔法陣に残っているのと姿形はなくとも二人の存在感がそこにあると気づき心を落ち着かせる。


「エルクさん……シェダさん、どうか無事に……!」


 二人の無事を祈るノヴァを見つめ頷くリオもまた心で祈り、試練へと誘ったハシュもまた心に思うは若き二人の成長と期待であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る