五曜のリスナー

 コスモス総合魔法院の三階にある院長室へとハシュに案内されてエルクリッド達は魔法院を進む。

 静かな通路の中に微かに聴こえる声は指導の最中であるというのを伝え、また放たれる魔力の波長がいくつも感じられ、その中にはリスナーのものもあるのが伝わってくる。


(なんか、懐かしい)


 かつてメティオ機関でも似たような空気があったとエルクリッドは思い返し、しかし今はもうないと思うと胸が苦しくなって止まりそうになる。


 だがエルクリッドの手を握って共にノヴァは進み、後ろを歩くシェダやリオ、タラゼドの存在もありエルクリッドは前に進み続け、やがてハシュが院長室の前へと辿り着く。


「院長ー……っと、先客がいるな」


 扉を軽く叩いて入ろうとしたハシュが別の来客の存在を感じて手を止め、刹那、扉越しに伝わってくる存在感に覚えがあるエルクリッドは思わず前へと飛び出し、ハシュが止める間もなく扉を蹴破って中へと勇み飛び込んだ。


「エ、エルクさん!?」


 ノヴァの驚きは当然であるが、直後に彼女を除く者達はエルクリッドの行動の理由に気づき、そのエルクリッドはカード入れに手をかけ臨戦態勢となってその者と相対する。


「やかましい奴が来たようだ」


「バエル・プレディカ……!」


 赤き火竜の星座背負うかのような深海色の服を纏い、目元を仮面で隠す熒惑けいこくのリスナーことバエルが振り返って小さなため息をつき、刹那にエルクリッドがカードを引き抜こうとすると間にハシュが入って制止をかけた。


「落ち着きな! バエルさんはカードを抜いちゃいない」


 そう言われエルクリッドは昂ぶる感情が一気に落ち着き、手を引いて深呼吸をし改めてバエルに目を向ける。

 敵意を向けてもバエルはカード入れに手をかけるどころか、戦う気配を見せずにいた。時と場を弁えてる、というところだろうか。


「ハシュか、十二星召になってから会うのは初めてだな」


「その節はお世話になりました。それで、なんでここに?」


 旧知の仲らしくバエルはハシュと言葉を交わし、問いに対して少し体を横にずらして誰も座っていない院長の机を見えるようにする。

 だが微かに白い髪の毛がみょんと覗いており、少しの間の後にハシュが椅子の方に回って何かを掴み持ち上げた。


「院長、また居眠りしてるんですか」


「カミュルもうたべられないぃ……むにゃむにゃ……ハシュだいしゅき、うへへへへ……」


 ハシュに抱えられているのは白い髪が美しい幼い少女であった。院長、と呼んだことから彼女がコスモス総合魔法院の院長となり衝撃が広がるも、ハシュに抱かれそのまま眠る姿に微笑ましくも言葉を失ってしまう。


「人を呼びつけておいてこれだ。用がないならば帰らせてもらう」


 ハシュにそう言い放つバエルに返すものかとエルクリッドが言いかけるも、リオが肩に手をおいて首を振り、エルクリッドも渋々道を開けて部屋の外へと歩いて行く。


 そのまま去るのを見送るしかないエルクリッドの視線を察したのかバエルは部屋を出たところで足を止め、一瞬振り返りかけるもそのまま立ち去っていく。


 そんな姿に院長カミュルを部屋のベッドに寝かせつつ、ハシュはある事を口にする。


「五曜のリスナー最後の一人……か」


「五曜の、リスナー……?」


 初めて聞く名前にエルクリッドとノヴァは首を傾げ、目を向けられたシェダも首を横に振り、次いで振られたリオも苦笑する。

 となればとタラゼドへ四人の視線が集まり、これにはタラゼドも一歩引いて苦笑いを見せ、小さく咳払いを挟んでから口を開く。


「かつて十二星召の長デミトリア様が選び出した五人の凄腕リスナーの事です。元々十二星召はエタリラに起きる問題に尽力しますが、人と人の問題には介入しないという決まりがあり、それらに対処する為に新たな制度をと四大国の承認の下に作ったのです」


「そんな人達がいるんですね……あれ?」


 感心しつつもノヴァはある事に気づき、それに関しては片膝をついてカミュルを撫でながらハシュが答えてくれた。


「今はもうバエルさんしかいない。他の四人は皆亡くなってる……俺の兄貴もな」


「えぇ……わたくしがクロス達と共に旅をしていた頃にいた英傑達です。五曜とは火の国サラマンカに伝わる最も輝く歳星さいせい熒惑けいこく鎮星ちんせい太白たいはく辰星しんせいの五つ星を総称したもので、ハシュのお兄様であるイルスは辰星しんせいのリスナーでした」


 目を閉じるタラゼドの脳裏に浮かぶ鮮烈なる五人のリスナーの勇姿と、そんな彼らと相対し切磋琢磨する者達の姿。懐かしくも今はない事実に心が少し締め付けられ、現実へと意識を連れ戻す。


「それよりもノヴァ、ユーカさんから貰ったものをハシュに」


「あ、はい!」


 場の空気を変えるようにタラゼドがノヴァを促し、ごそごそと取り出す紙を持ってハシュの隣に行き、紙を受け取ったハシュはそこに描かれている魔法院の紋章を見て目を細めた。


「魔法暗号か……これはクレスさんのだな」


 そう言って指先に光を灯すハシュが紙をなぞると、紋章が消えて文字が浮かび上がる。そしてその内容になるほどと言って紙を折り畳み、すっと立ってノヴァに返しながらエルクリッド達の顔を順に見て腕を組む。


「あの、クレスさんからもらった紙には何が?」


「特別指導の推薦状だよこれは。あの人が見込みがあるリスナーに渡すやつなのはいいんだが……」


 クレスの付き人ユーカにもらったのは推薦状、それも特別指導というので一瞬エルクリッドが身を乗り出しかけるがハシュが手を前に出して制止をかけ、改めて言葉を切り出す。


「俺の特別指導はそいつにあった試練を一つやらせるってだけだが、人によっちゃ相当厳しいし万が一もなくはない。それでもやるかい?」


 快男児ハシュの目つきに冷淡さにも似たものが宿り、その佇まいがエルクリッド達の肩に力を入れさせた。

 だが臆する事はなく、エルクリッドとシェダは目に光を灯し強く頷く。

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