第21話 お姉さん
店内の空気がなんだかいつもと違う。
それは異彩を放つ1人の客のせいだ。
「一人だけあんな美人な人がいると違和感がすごいですね」
「そうだな……。なぜか落ち着かない」
鎖骨まで伸びた黒髪とはっきりした顔立ちの女性。
多分年齢は俺より5つくらい上だろう。
「多分女子大生くらいですかね。顔も可愛くて胸も大きいし、こんなとこに来る人じゃないですよ」
二人でコソコソ話していると本を持ってレジに向かってきた。
その女性はぱっと俺と安住を見て、
一瞬ぽかんとしたのち俺の方に立った。
「お願いします」
「あ、はいっ」
緊張で声が上ずったが、そのまま続ける。
「えー、はい。こちら682円になります」
その女性は財布を出すと手を止めた。
「店員さん。これってどんなお話?」
「え?」
「店員さんなら詳しいかなって」
流れ作業で見てなかったけど何買うんだこの人。
手元に視線を移す。
『不愛想なお隣の女子大生を催眠で痴女メイドに教育してやった』
「は? えぅ、えーっとですね……」
幸い(?)読んだことはある本だった。
これ説明した俺が捕まるとかないよな?
「はやくぅ。イメージでもいいよ? 似たようなの読んだことない?」
「そう言われましても……えぇ?!」
自分でも目が泳いでいると分かる。
顔とか胸とか視線の逃げ場がない。
「もしかして私で想像しちゃった?」
ついにとんでもない事を言い出した所で安住が入ってきた。
「あの、そういった行為はセクハラ、カスハラになりますのでご遠慮下さい」
「普段セクハラまがいな事をしてるお前が言うか」
「「毒を以て毒を制す」ってことですよ」
「毒本人がそれを言うな」
その女性はこの状況に可笑しくなったのか吹き出した。
「あはは、ごめんねふたりとも。えーっと佐伯君と安住さんっていうのね」
俺と安住の名札をみながら謝罪するその人。
「ごめんねって……一応聞きますけど、佐伯さんのお知り合いではないんですよね?」
「えぇ。ただの飯島ひかり(いいじま ひかり)ですけど」
「いや「ですけど」って言われても……」
妙に堂々としてるこの、ひかりさんという女性は変な人だと察した。
変わった自己紹介をする飯島ひかりさんの話が続く。
「ホントはここに面接しにきたんだけど、店長さんはいる?」
「い、いますけど……」
本当なのか? 今考えたように思えるけど。
「じゃあ面接に来たって伝えてくれる?」
「はい……」
***
「じゃあ面接始めるよ」
「はい……にしても面接官多くないですか?」
バックヤードで面接が始まった。
通常は店長と1対1だが、飯島さんの危険性から俺らも同席することにした。
「まあ極力無視してくれ。えっとー飯島ひかりさんね。住所は割とこの辺か」
飯島さんの履歴書を見る店長。
安住がそれを覗き込むと、すっと立ち上がった。
「では住所と本名を抑えたので私はこれで」
「どこへ行く」
立ち去ろうとする安住を手首を掴んで止める。
「ちょっと警察に通報して、接近禁止命令を出してもらうだけです」
「そんなぁまだ何もしてないのに」
「確かにちょっとヤバい感じするけど、気が早いと思うぞ」
俺の意見に不服そうな表情をする。
「はぁ、分かりましたよ。じゃあここでバイトするとして、飯島さんの強みはなんですか?」
むすっとした顔で詰問する安住。
「強みって、就活じゃないんだからそこまで求めなくていいだろ……」
一瞬戸惑った様子の飯島さんだったが、
にやにやしながら答え始めた。
「うーん。佐伯君を癒すことができると思うなぁ。主に下半身的な意味で」
虚ろな目に背筋がゾクッとした。
「つえぇ……」
「つえぇ、じゃないですよっ」
横から鋭い視線を浴びせられる。
「まあ、確かに強みかもしれないけど。店の中では発揮しないでほしいな」
店長が真顔で言った。
こういう頭おかしい人にはやはり慣れてるんだろうか。
「なんで俺にそんなに構おうとするんですか?」
「それは、えーっとぉ。ねぇ?」
ごまかすような笑顔で返答する。
なんでこの質問だけあいまいに答えるんだろう……?
「まぁ~。ね?」
そのままお腹をさすり始める飯島さん。
「え? まさか!?」
店長がバッと俺の方を見る。主に下半身を。
「いやいないからな、俺の子は! デキてないしヤッてない!」
「まぁ誰でもそういうよね」
「ちょ、誤解しか生まないんでやめてください」
「ホントなんですよね?」
「ホントだっての! 記憶にねぇよ!」
「記憶なくなるまでヤッたとかではなく?」
「とかではなくだよっ!」
めちゃくちゃ疑ってくるな……。
「ごめんごめん。冗談」
くすくす笑いながら飯島さんが謝る。
「はぁ……」
「なら……よかったです。もし事実だったら、その時は腹を割って話してくださいね。妊娠だけに」
「そのギャグはエグみが強すぎるからやめてくれ……」
「それで、叔父さんは飯島さんをどう思うんですか? まさか採用ですか?」
一番重要なのはそこだ。
実際、最終的な判断は店長だからな。
「まぁ、こいつを採用してる時点でなんともな……」
安住の方を見ながらそう言う。
うーん、確かにそれは否定できない……。
「そ、そんなぁ……。え、じゃあ?」
「うーん……」
落とす理由がない(らしい)以上どう対応していいか、という反応だ。
しばらく沈黙が流れ、飯島さんが手を挙げた。
「はいっ。私、やっぱり辞退してもいいですか?」
「え? ……構わないけど、急にどうして?」
「正直言うと私もここでバイトし始めたら仕事にならないっていうのは自覚してるんです」
「そうなのか?」
「その佐伯君が今はもう会えない私の弟に似ていて、どうしても構いたくなっちゃうんですよ」
悲しげな顔で話す飯島さん。
そんな理由があったのか……。
「じゃあ、佐伯さんへのセクハラは弟さんを思い出してやってたってことですか……」
「はい……」
「それは仕事に支障が出てもおかしくないですよね。亡くなった弟さんを感じるのはつらいでしょうし……」
「いえ? 弟は生きてますけど」
「は? え、どういうことですか……?」
不思議そうな顔してるけど理解できないのはこっちだ。
「あぁえっと、会えないのは私が過去にセクハラしすぎて弟に絶縁されたんです」
「はぁ……!? え、そういう意味で?」
「うん、それにそちらの安住さんにも悪いし。ね?」
そう言って安住の方に目配せする。
「そ、それは……まぁお気遣いありがとうございます」
「時間を取ってもらったのにすいません」
ぺこりと頭を下げる飯島さん。
「今日はこれで失礼します」
会釈する俺と安住に向けて穏やかに言う。
「今後もたまに買いに来るからその時は溜まってる分発散させてね」
「「結構です……!」」
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ツイッター作りました
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