第14話 独り占め 後編

 ひざの上に座る権利をめぐって2人が戦う事になったのだが。


 なんだこの状況は……。



「イス取りゲームで決着をつけたいってのは分かったけどさ」


「はい、何か?」


「なんで俺が座らされてんだよ」



 スタッフルームの状況はこうだ。


 部屋の中央にイスが1つ。


 俺がそれに座る。



「佐伯さんの膝の上に座る想定したゲームの方がいいかと」


「だからって俺が座ってる必要ないだろ」


「空気イスでやりたいんですか」


「そっちじゃねえ」



 なんでイスの方が消えるんだよ。


 そもそもそれは俺の脚が耐えられない。



「じゃあ四つん這いになれば?」


「なんでそうなる……」



 急にSMプレイ臭が……。



「座られ方が不満なのかなって」


「座られること自体が不満だよ」


「とにかく今からイス取りゲームをして先に2勝した方が勝ちです。勝者が佐伯さんの膝に座るということで」


「……はあ」


「音楽は適当に流してください」


「まぁ分かった。早く終わらせよう」



 携帯から適当に選んだ音楽を流し始める。



『♪~~~』



 イスの周りを歩く安住と伊都。


 表情が真剣すぎて怖い。


 俺は恐る恐る音楽を止めた。



「「っ……!」」


「っうわぁ!!」



 凄い勢いで向かって来られて、思わずイスから飛びのいてしまった。


 そのまま情けなく床に手をつく。



「なんで逃げるんだよ」


「そうですよ」


「すまん、反射的に避けてしまった……。ていうか、空いてるぞイス。ほら!」



 ぽつんと残された無人のイスを指さす。



「「…………」」


「おい」


「仕切りなおしますか」


「そうっ……すね」


「なんでだよ座れよ!」



 ゲームの勝敗に俺の有無は関係ないんじゃ。


 結局、謎の仕切り直しとなった。



「今度は動かないで下さいね」


「なるべく頑張る……」



ふたたび適当な音楽を流す。



『♪~~~』



「そういえば、伊都ちゃん」


「な、なんですか」


「佐伯さん以前「紛失した伊都の下着をいつ返そうかな」と言ってたんですけど」


「は、はぁ!?」


「な、おい安住っ!」



 動揺して音楽を止めてしまった。


 同じく動揺中の妹を置いて安住が俺の膝に座る。



「おっ……!?」



 ぽふっと軽くてわらかい感触。


 かすかにいい匂いが漂う。



「ふふっ。結構いい座り心地ですね」



 そう言って振り返る安住。


 うっ……拍動が加速してる気がする。



「あの、感想とかはいいから……」


「……お、おい兄貴! 今の説明しろ」



 案の定さっきの件について突っ込まれた。


 殺意に満ちた目でにらむ妹。



「あれは、洗濯機と壁のすき間にお前のパン……下着が落ちてるのを見つけて、気まずくて。それでいまだに所持したままで」


「……ほんときもいよ」



 失望したような顔と声に胸が痛む。


 「キモイ!」とかの方がまだいい。



「でもこれで私はリーチですねー」


「っ……! まずい……」



 勝利を確信した安住の様子に歯噛みする伊都。



「いやぁこのままお兄さんは私専用のイスになっちゃいますかね」


「そこまでは了承してない……」


「あ、後ろ倒してください」


「俺にリクライニング機能はねぇ」



 背中をあずけてくる安住に体がびくっと反応する。



「ふんふんふーん♪」



 膝の上でぱたぱたはねる安住。


 髪の良い匂いがさらに強く香る。



「……もう、いいだろ降りてくれ」



 この体制はよくないものを想起させられるな……。


 ダメだ俺やめろ……。



「興奮したなら腰をつかんでも——」


「今すぐ降りろ」



 安住は「はいはい」と言ってひょいっと降りる。



「むぅ…………」



 俺と安住をじっと見ていた伊都の顔が険しくなる。



「……次で巻き返すし」


「そうか。まあ頑張れ」


「ただちょっと痛いかもだけど我慢して」


「何する気だよ……」



 怖えよ。


 さっきの暴露された前科もあって何をされるのか。



「……じゃあ始めるぞ」



『♪~~~』



 音楽が流れだして緊張が走る。


 今度もやはり鋭い眼光が向けられる。



「兄貴の好きなタイミングでいいから」


「怖ぇ……」



 でもやらないと終わらない。


 ええいままよ……!


 サビ直前の微妙な所で音楽を止める。



「っ……! ふんっ!」



 停止と同時に動きだす伊都。



「ちょぉっ!? ストッ……!」



 イスに座るみたく背中を向けてではなく、正面から飛び乗ってきた。


 そのまま抱きつくように着地する。



「うぐっ……!? お前……予告されててもこれはビビるから勘弁してくれ!」


「こうした方が早いから」


「いや、どんだけ負けるのイヤなんだよ」



 ここまで意地を見せることなのかこれは。


 普段の塩対応とのギャップに混乱する。



「にしてもお前はホントに軽いな」


「へっ? ……で、でしょ? だから私の方が座られたときに楽」


「それなら座られないのが一番だよ」


「……ん? どうした?」



 気付くと、安住が俺らをじーっと見ていた。



「いや、佐伯さんとJCとその体制って……」



 言われてみればこの体制……。

 

 気づくと同時にボソッと声に出ていた。



「対面座位」


「死ねえぇ!」


「ぐふぇぅっ!」




***




「これで2人とも1点ずつ取ったから、次で決まるな」


「そうですね」


「ただ、次から飛び乗るのはナシで。普通に怖いし危ないからな」


「うっ……分かった」



 またやる気だったのかよ。



「じゃあ、4回戦目行くぞ」



 正直、俺の下半身は限界が来ていた。

 

 太ももとお尻の感触……。


 端的にいうとムスコ大佐がバルスしかけていた。



『♪~~~』


「これで勝敗が決まる……」


「妹ちゃんでも手は抜けません」



 どうすればいいんだよ……!?


 音楽が延々と流れ続ける。



「どうしたんですか。いつでもいいですよ」


「うん」



 2人とも真剣な顔で見てくる。


 あまり長引かせても怪しまれるし……。


 覚悟を決めて音楽の再生を止めた。



「「!!」」


「ふんっ……!」


「ぐぅっ!」



 目の前で女子2人がお尻を向けて押しあう。


 その真剣勝負に目が離せない。



「うっ……!!」



 これが健全な男子の精神衛生によろしくないのは言うまでもない。



「っとわぁっ!?」


「……!?」



 押し勝った安住が容赦なく俺の上に乗る。


 どすんっ!



「うぎっ!?」



 上からのやわらかい圧に思わず変な声が出た。



「っとと、あぁ!」



 安住が抜けてバランスを崩した伊都が勢いよく安住の膝に乗る。


 2人分の体重がナーバスな状態の下半身にのしかかる。 


 どすんっ!!



「う゛わ゛あああああぁぁ……!?」



 痛みに悶絶しながら倒れる。



「ささ、佐伯さん!?」


「え、んん? なに……って兄貴! どしたの!?」


「が、ぁ、かぁ……」



 当然俺に身に起きたことは説明することはできなかった。


 でも膝に座るのはしばらく禁止になった。

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