第48話_鐘よ、響け

 午前零時。鐘は五度、静かに鳴った。

  だが、その音は破滅を告げるものではなかった。

  それはむしろ、世界が変わる“起動音”だった。

  ***

  「……成功、ですね」

  メキーの手元で、制御盤の波形が安定する。

  「全感情波、同期完了……共鳴率99.98%。」

  アレクサンドラが小さく拳を握る。

  「彩心の……最終式が、鐘の心臓に届いたんだ」

  鐘殿の中心――“共鳴核”では、白い光が収束し始めていた。

  その中心に、彩心と祥平の姿があった。

  彩心は静かに目を閉じ、呼吸を整える。

  「私……信じてみたくなったの。正確じゃなくても、答えがなくても」

  祥平が笑って頷く。

  「それでいいんだよ。不正解でも、進む理由になる。感情ってのは、そういうもんだ」

  「……やっと、わかった気がする」

  彼女がそっと目を開ける。

  「感情は、計れない。でも、伝わる。だから――」

  「だから、俺たちは……」

  ふたりの手が重なった瞬間、核が光で包まれる。

  全桜丘市に、まるで星空が降るような光が拡がった。

  ***

  〈鏡界〉と〈現実〉の重なりは、ゆっくりと透明になっていく。

  商店街のアーケードから伸びていたガラスの回廊が、空へ消えていく。

  河川敷に浮いていた石柱も、やがて水面に沈むように見えなくなる。

  「もう……境界、ないんだな」

  凌大が、傷を押さえながら微笑む。

  「“外”と“中”を分けてた壁は、もう……いらねぇんだ」

  拓巳が頷き、彼の背を支える。

  利奈は拳を握ったまま、涙をこらえていた。

  「……責任、取らなきゃね。私たち〈零視点〉がやったこと、全部」

  「全部は無理でも、共に在ろうぜ」

  優也が、力強く肩を叩く。

  「共鳴隊も、零視点も……同じ未来を見る。それでいいだろ」

  「……甘すぎる」

  そう言いつつ、利奈の表情は少しだけ柔らかかった。

  ***

  市庁舎の屋上――かつて浮島だった場所に、〈共鳴隊〉が集う。

  「全ての感情が肯定された……それは、終わりじゃなくて」

  千紗が、ノートに最後の記録を書き終えながら呟く。

  「始まり、だよね」

  かすみが茶を淹れて微笑んだ。

  「新しい世界で、どんな感情も――共に歩けるように」

  そして、彩心が前に出る。

  「この六十日、私たちは“否定”と戦ってきた」

  その瞳は、もはや迷いのない色をしていた。

  「けど本当は、否定なんて敵じゃなかった。“わからない”ことに蓋をする、それが怖かっただけ」

  「でも今なら、わからないままでも、一緒にいていいと思える」

  祥平が隣で、ゆっくりと手を掲げた。

  「――だから、行こう。次の世界へ」

  その手に、全員が手を重ねた。

  その時、新たな“音”が響いた。

  それは鐘ではなく、誰かが誰かを信じるときに鳴る――“共鳴”の音だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る